幕間・三

 数多の色に彩られたその庭園には、よく虹が架かっていた。中央に据えられた噴水が散らす光の粒。閉ざされた建築の中で唯一、採光を重視して造られた場所に、ひとつ、人影が駆け込んで行く。


「おーし。じゃあ、俺の苗はここ。マイ・プラントってことで! 後はお二人さん、どっちの面倒見るか決めて。

 この内どれかが未来を担うオリジンの跡継ぎになるかもしれないんだ、親として愛情注いでやんないとな。これは責任重大だぜ」

「それはそうですが……小学生でもあるまいし。鉢の担当を決めておく必要などあるのですか?」

「そういう所が堅苦しいんだよ、***君は。こういうのは楽しんでやらないと」

「**さんは些か調子が軽すぎると思いますよ」


 続いて踏み込む背中。見送る私の、後ろ手に握った右手の指先が、そわそわと動き出す。

 彼らの会話は、いつも転がるように進む。右へ左へ、時折弾み、道を外れながら。外側で『これ』を聞いていると、はらわたがむず痒いような、ちりちりと炙られているような、奇妙な感覚を覚える。


「貴方はどちらになさいます?」

 私に向けられた言葉だ。一歩踏み出し、彼らが作った『輪』に、そっと加わる。

「*、君の鉢は、シオンだったかな?」

「ああ。あとはこっちが白薔薇で、こっちが、ええと……」

「葡萄ですよ」

「そうそう」

 鉢に詰められた土の中で眠る種を想う。柔らかな温もりに包まれ、芽吹きの時を待つ、小さないのち。


「……君はどちらがいい? **」

 答えは決めているのだけれど。言葉を交わす事に意味がある。近頃はそう考えるようになった。

「そうだな……」

 沈黙。空を仰ぐ仕草。それは、**が思案している時のポーズ。

 十分に青空を吸い込んで、輝きを湛えた瞳に私が映る。

「俺に相応しいと思う方を――貴方が選んでください」

「ふさわしい」

 私達のやり取りを眺めている*が、肩を揺らして笑っている。愉快そうだ。

「では、私が葡萄で、君が薔薇にしよう。

 敬虔で思慮深く、純粋な君には白薔薇が似合う。私よりも、ずっとね」

 風に乗った髪が、視界を塞ぐ。芳醇な花の香りと、役割を終えた花弁が私の体表を撫で、通り過ぎた。

「幸甚の至りです。俺には過ぎるくらいに――ですが、それが貴方の心ならば、喜んで受け止めましょう」

 **が表情を作り変える。胸に手を当て、澄ました顔で笑って見せる。

 一瞬前の表情は、何を表していたのか?


「おーい、俺のアイデアでなんかイイ雰囲気作んないでくれよ。対応に困るわ」

 腕を組んだ*が、肩で**を小突く。

「……**さんの、そういう冗談は嫌いです」

 **が体を引く。不快を含んだ、しかしそれのみではない声だ。

「お? それって『そういう冗談』じゃなければ好かれてる、って認識でオーケイ?」

 茶化している。よく*は**をからかう。それが彼なりの親愛表現なのだと、*は言った。

「そうですね。そういう前向きな所は、……どちらかと言えば、嫌いではないです」

 誤魔化している。吐く必要のない嘘を吐く時の顔だと、私は知っている。


「ふ……、ははは」

「何ですか、貴方まで」

「あっははは!」

「うるさっ……何なんですか?」

 感情が伝播していく。今、この場にいる三人は、同じ感情を共有している。何を使う必要もない、数少ない『絶対』の『確信』が、この瞬間、ここにある。


「まったく……はは」



 春の陽射しが照らす庭園。咲き乱れる花と、果実の彩り。

 マジックペンを握り、思い思いに認めた花の名。


 あの日の輝きを。

 そこにあった『輪』を、今もまだ鮮明に、覚えている。



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