第44話 詩源(シゲン)

 すでに事切れたロヨラ獅子座の身体に触手が群がる。

 金色の毛は皮膚ごと抜け落ち、ただれた皮がめくれ上がる。

 体液に血が混ざり、薄い赤色の液体が身体を覆う…

 唾液を垂らし、その身体に食いつき、貪り食う触手の先には、黒く穴の開いたような目を持つアスクレーピオスへびつかい座『橘イクト』が立っている。

 表情の無い顔、千切れた触手を…倒れたロヨラ獅子座を食い散らかしながら、1歩…1歩とユキの方へ歩み寄る。

「来るな…イクト…」

 ビクニに抑え込まれ、逃げ出すこともできないユキ、もがくように手足をバタつかせる。

「逃げられないわよ…アイツは、満腹になったら、すぐに私達を襲うわよ」

「カイト!! キリコー!!」

 ユキが2人に助けを求める。

「逃げられないわよ、アナタ、ココが…ARKが安全地帯だとでも思っていたの?」

「………」

「そんなわけないじゃない、人殺しを、ただかくまうわけないでしょ、アナタが封魔師の資質を持っていなければ、ARKはアナタに興味などないわ」

「そんな…」

「自分が特別だと思わない事ね…妖魔と、NOAと戦えなければ、ココにも居られないのよ」

 ビクニが小太刀を抜く。

「何を?」

 立ち上がったビクニがロビーの大理石に、ジャッと小太刀で傷を付けた。

「ココから後ろへ下がったら…もうARKは、アナタに関与しない…警察でも、NOAでも、好きな場所へ逃げなさいユキ」


 5mほど先に、アスクレーピオスへびつかい座が近づいている。

 すでに触手の射程圏内だ。

 ヌラヌラとした鱗に覆われたミミズの触手が死骸に飽きて、生餌を求め蠢いている。

「ハァ…ハァ…」

 ユキの呼吸が荒くなる。

 夜叉丸の目が動く触手を牽制するかのようにギロギロと動く。

 ビクニが小太刀を2刀構える。

 やや前のめりの構え、触手は無視して本体を切り刻むつもりだ。

 ノソリとユキが立ち上がる。

 ビクニの肩に手を掛けて、グイッと後ろへ引っ張る。

「ユキ?」

退いてろ…」

 下を向いたまま、フラリとビクニの前に出る。

「もう一度…もう一度殺してやるよ…イクト」

 ユキの右手は腰の太刀に手を置いている。

 柄をグッと握りしめる。

「グッ…アァ…」

 ロビーの大理石に血がポタリ…ポタリと垂れる。

 柄が脈打つようにドクンと空気を震わせる。

 ズズッ…ゆっくりとユキが太刀を鞘から抜いていく…

 少しづつ…禍々しい霊気が刀身から漏れだしている。

(なに…私まで…霊気を吸われている?)

 ビクニの背中にゾクッと悪寒が走る。

「もう…戻れないぞ…大人しく死んでいればいいものを…虫唾が走るんだよ、オマエ…昔からさ、バカのくせに威張っていて、弱いくせに吠えてばかりで…陰でコソコソ…コソコソ…ミミズは地上に出て来るなよ…不愉快なんだよ!!」


 ユキが太刀を一気に引き抜き、両手で握り構える。

 その手は血に染まり、刀身にユキの血が柄から昇るように吸われていく。

「アァァァアアアアアーーーーー!!」

 ユキの叫びに呼応するように太刀の霊気が湯気のようにほとばしる。

「来い…夜叉丸」

 ユキが夜叉丸を呼び、その身に纏おうとする。

「ダメ!!」

 ビクニが静止しようとするが、ユキの霊気に阻まれ弾かれ床に倒れる。

「神化…」

 夜叉丸がユキを包むように同化していく…


「おい…アレ?」

 カイトがモニターを指さす。

「えぁ、あの時の…」

 キリコの言葉を待たずケンが叫ぶ

「マズイ…すぐロビーに行くんだ、ユキを抑えなきゃ」

 ケンが走りだす。

「待て!! おい!! あー、ちくしょう!!」

 カイトが後を追い、キリコも続いた。


 3人がロビーに出る頃には、ユキは神化を終え、アスクレーピオスへびつかい座の触手は、すでに残り数本となっていた…


「ビクニ…」

 ケンが声を掛けると、ビクニはタバコに火を点け、吹かしながら無言で首を横に振った。

 そして一言だけ…

「なにがどうあれ…勝ちは勝ちよ…」


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