伯爵令嬢と婚約者 3

 馬車での旅を続けること数日。

 レスター伯爵領へと続く街道を併走するように流れる川の畔で俺達は休憩していた。

 その辺に転がっている石に座って――ではなく、アイテムボックスから取り出した簡易の椅子とテーブルを使っての休息。

 シャルロットは紅茶を片手に、ぼんやりと川の流れを見つめている。


「こうしてると、初めてあった頃を思い出すね」

「あぁ……あの頃は大変だったな、お互い」

 俺は相づちを打ちながら、ぼんやりとシャルロットが加入した頃のことを思い出した。



 ――二年前の当時。

 エリカと二人で冒険を始めた頃は、生活が一杯一杯で大変だった。

 エリカが身体を洗うのに、お湯を出す魔導具で魔石をぽんぽん使っていたからなんだが……理由はともかく、俺達は割の良い仕事を探す必要があった。


 そんなある日、護衛として貴族令嬢をダンジョンに連れて行くという依頼を見つけた。

 報酬は十二分。だが、明らかに貴族令嬢のお守りで、お世辞にも褒められた行為ではないパワーレベリングを示唆している。

 でもって、女性もいるパーティーで、空きがなければいけない。

 だから、俺達が見つけたときには応募した者がいなくて、俺達はその依頼に飛びついた。


 いうまでもないことだが、その依頼の主がシャルロットだったのだ。

 当初の予想に反して、シャルロットは有能だった。冒険者としては素人同然だったが、攻撃魔術の才能があり、めきめきと実力を付けていったのだ。


 もっとも、お嬢様であることに変わりはなく、冒険者のワイルドな暮らしに難色を示したりと、色々と衝突もあった。

 ただ、日本育ちのエリカは、シャルロットに共感を抱くことが多く、結局は俺が折れることが多かった。

 俺がかさばるテーブルや椅子を持ち歩いているのもそれが理由だ。


「効率よく休むために、休憩用の椅子とテーブルを持ち歩くべきよ」

 なんて主張するシャルロットに、俺はそんなかさばるモノでアイテムボックスの収納スペースを奪われてたまるかと反論。

「あたしもシャルロットの意見に賛成よ」

「エリカまで!?」

 といった感じである。


 まぁ……結果的にいえば正解だった。

 エリカやシャルロットの浪費で、一日に必要な稼ぎが増えた。その代わり、効率の良い休憩や充実した装備によって、一日に稼げる量も増えた。

 結果、他のパーティーと同じように余裕のない生活でありながら、それなりに充実した環境と、他よりも早い成長速度を手に入れた。

 それが、俺達が成功した秘訣である――と、話がそれた。


 シャルロットが駆け出しの冒険者として、十分な実力を身に付けた時点で依頼を終了。今度は仲間として、俺達のパーティーに加わりたいと掛け合ってきた。

 その決め手となったのが、この簡易テーブルセットなのだ。


「この簡易テーブルセットがなければ、シャルロットは俺達とじゃなくて、別の奴らとパーティーを組んでたんだよな」

「アベルくん、なにを言ってるの?」

 信じられないモノを見るような目で、シャルロットが俺を見た。


「なに……って、シャルロットが言ったんだろ? 他の有名なパーティーにも誘われてるけど、簡易テーブルセットがあるから、俺達のパーティーを選ぶって」

「………………………………まさか、それを信じてたの?」

「え、違ったのか?」

 シャルロットの目と口が逆三角形になった。


「当時の私はまだ貴族令嬢としてのプライドとかがあって、素直になれなかったの」

「じゃあ、簡易テーブルセットがなくても、俺達のパーティーを選んでたのか?」

「もちろん、そうしてたよ。簡易テーブルセットは、加入時に持ち込めば良いんだし」

「結局、一緒じゃねぇか」

 思わず呆れるが、「全然違うよ」と呆れられてしまった。


「私はアベルくんと一緒のパーティーに所属したかったから、あれこれ理由を後付けにしてただけよ。というか……分かりなさいよ、ばか」

 水面を反射した光に照らされた頬が、ほのかに赤く染まる。


「……もしかして、シャルロットって、あの頃から俺のことを意識してたのか?」

 ピシリと、シャルロットの乙女顔が引きつった。


「ね、ねぇ、アベルくん。念のために確認しておきたいんだけど……良いかな?」

「え、い、良いけど?」

「じゃ、じゃあ、聞くね。……アベルくんがあたしの気持ちに気がついたのって……いつ?」

「え、それはもちろん、誓いのキスを受けた日だけど」

「遅っ!? 嘘でしょ?」

 信じられないといった目で見られるが、事実なモノは仕方がない。

 俺は本当だと肯定した。


「ホントのホントに、私が誓いのキスをする寸前まで気付かなかったの?」

「え? いや、違うよ」

「あぁ、やっぱりそうよね。本当はもう少し前――」

「誓いのキスをされてから知ったんだ」

「はああああああああっ!?」

 おぉう。あのシャルロットがはしたなく大声をあげるなんて。

 なんか、超絶レアな光景だ。


「ね、ねぇアベルくん。確認なんだけど……私いままで、結構アベルくんにアピールしてたわよね? こう、手作りのお菓子を作ったり」

「あぁ……あれな。貴族令嬢として育ったから、そういうことに憧れてるのかなって」

「えぇえぇ……」

 シャルロットが呆気にとられている。


「アベルくんって、そんなに鈍感だったんだ。知らなかった」

「いや、だってエリカと二人で良く言ってただろ? 仲間同士での恋愛は、パーティーの崩壊に繋がるから御法度だって」

「たしかに言ったけど……でも、私達は大丈夫とも言ったよね?」

「もちろん、覚えてるよ。二人揃って、自分は大丈夫だって繰り返してたよな」

 つまりは、恋愛するつもりがないと言うこと。

 だから、俺は予防線を張られてると思い、二人を異性として見ないようにしていたのだ。それなのに、好意に気付かなかったと言われても困る。


「ええっと……私達なら、上手くやっていける。だから、パーティーが崩壊したりなんてしないって、言ったつもりだったんだけど……」

「……おや?」

 あれ? もしかして俺の勘違い? 恋愛感情なんてないから大丈夫――ではなく、相性抜群だから大丈夫って意味だったのか?


「ちょ、ちょっと待って。だったら、アベルくんはホントに、誓いのキスをされるまで、私の気持ちに気付いてなかったの?」

「まぁ……そうなるな」

「……それは、なんと言うか……驚かせちゃったね」

「いやまぁ……うん」

 驚いたのはそれが理由というより、前夜にエリカからも誓いのキスを受けていたからなんだけど……さすがにそんなことは口に出来ないと言葉を濁した。

 

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