第14話 王国の行商人

 アレン達が、エリーに案内されたキャラバンは、王国の行商人だった。


 馬車にあった稲穂に太陽の紋章が示すように、肥沃な大地と太陽の恵みに愛された豊かな国だ。

 位置は教国の南西、そして貴族社会の封建国家だが、自然を愛し、精霊信仰が盛んな温厚な国でもある。


 エリーは、アレン達と別れた後、キビキビと歩き、たき火で暖をとっている、先程の男たちに、二、三、声を掛ける。


 エリーはアレン達のテントを顎で指した。


「お嬢様、あの方達は、何者ですか?」

 男のなりは粗野だが、言葉遣いは丁寧だった。

 空のカップに、たき火で温めていた茶を注ぎ、手はつけず、我慢する。


「男の方は、名前はアレン、傭兵よ」

「で、女の方は?」

 と男は笑みを作る。わざとらしい作り笑い。


「ダメよ、手を出したら、男の婚約者らしいわよ」


 ダメダメとエリーは手を振り、

「それは、お嬢様も残念でしたね」

 と二人の話を聞いていた別の者が口を挟む。

 それにエリーが頬を膨らませたので、たき火を囲う男達は、皆、楽しそうに笑いだした。


「馬鹿ね……、じゃ、しっかり見張りをお願いね」

 とパーンと手短にいた男の頭を叩く。


 不幸な彼は痛いとばかりに振り返り、

「寝ないで見張りますよ、耳には自信があるもんで」

 と応えたものだから、皆、馬鹿野郎とばかりに大はしゃぎになった。


 その様子を背に、エリーは、じゃあねと手を上、一際大きなテントに消えていく。


「お茶を頂戴、熱いのが良いわ」

 中に入るなり、エリーは、羽織っていた上着を、身なりの良い男性に投げつけた。


 返事に困る男性に、

「大丈夫よ、ちゃんと結界は張ったから、声は漏れないわ」

 大胆に椅子を引くとドンと座る。


「ご機嫌がよろしそうで」

 男性は先程の上着を丁寧にハンガーに掛ける。

 エリーの服装は町娘だが、男性のは、位の高い貴族にも引けを取らないぐらい高価で品があった。


「ありがとう、

 エリーは、テーブルの上に両手を広げ、グテッとしながらも、悪戯な視線を男性に浴びせた。


「よして下さい、御命令とはいえ、姫様から、そのように呼ばれるのは慣れません」

 男性は恐縮しながら茶の準備をすすめる。


「良いじゃない、幼い頃から、私の面倒を見ていたのはセバスなんだから」

 エリーは、セバスとは親子ということで諸国を巡る旅をしていた。


「駄目です! 姫様の父君は、国王陛下、ただ一人です」

「あら、でも陛下は、私の事を覚えてるかしら?」

 エリーに王位継承権はない、謁見したのも、遠い昔のことだった。


「覚えてらっしゃるに違いありません。それで、今日は何があったのですか?」

 セバスの持ってきた皿から香ばしい香りが漂う。

 エリーは、皿へと手を伸ばす。


「ふふふ、凄いのを見つけちゃった」

 エリーはカップに注がれた茶より、テーブルに出されたクッキーにハートを射抜かれ、パクパクと止まらない。


「何をですか?」


「セントシールの勇者転生の話は知ってる?」


「はい、存じておりますとも、でも、あれは……、間違いだった聞いております」

「今日、連れて来た子が多分そうよ」

「それは、それは」

 セバスは、冷めた茶を捨て、新しいのをエリーに入れなおす。

 エリーは、当たり前のように、それを飲んだ。


「それと、聖都の【天秤リーブラ】が新しい執行官を末席に据えたっていう噂は?」


「それも、存じております」

「多分、それも、あの子……。だって連れのリズって女の子、人間じゃないもの、きっと剣の化身ソードフィアよ。アレンは、聖剣の契約者、十年前の名も無き汚れの騒動の中心人物に違いないわ」


「そうですか……、では残念です、明日には、町を発つのだから……」

「ダメよ、出発は延期、そうね、いっそ、賊が攻めて来るまで、ここに残るわ」

 エリーの手が伸びた先にある皿をセバスは下げる。


「姫様、食べすぎです」

 エリーは、ムッと頬を膨らませ、

「大丈夫よ、皆んな強いんでしょ、セバスが兄様と話をしてたのは知ってるのよ」

 もう一度、手を伸ばすが、ピシッと手を叩かれた。


「素性をご存知何ですか?」


「知らないわ、でも、行商人が雇う護衛なんて、もっと品が無いじゃない?」


「では、私の演技は、明日から無しでよろしいですか?」


「嫌よ、堅っ苦しいのは息がつまるわ。せっかくの旅なんですもの楽しまなきゃ、そして、兄様には、とびきり土産を持って帰りたいわ」


「仕方ありません……、しばらく様子を見てみましょう」

 セバスはクッキーを一枚、エリーに渡し、彼女は、それを美味しく頬張った。

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名もなき勇者の物語 小鉢 @kdhc845

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