第92話、機械仕掛けを破壊せし。

 そこはエレベータの中である。青白いLEDの明かりが、天井から室内を必要以上に明るく照らしている。ビル一回のロビーでは白い蛍光灯が使われていたにもかかわらず、エレベーター内部にはLEDライトか。一体どういうお金の使い方をしたらこんなビルが完成するのだろうか。と、考えてみたがよくよく考えてみれば、確かここはお化け屋敷だったっけ。

 という事は、恐らくエントランスや他の部屋は雰囲気を出すために蛍光灯を使い、スタッフが使用するエレベーター等はそれなりにお金をかけた、とかだろう。


「って、そんなわけないか」


 勝手に納得しておきながら、即座にそれを否定する。原因はモニターだ。

 エレベーターには現在地を示す階数が表示されているのが当たり前だと思う。このエレベーターも、通常のものと同様にモニターが備え付けられていた。備え付けられてはいるのだが、不思議な事に表示される回数が普通ではなかった。そこに表示された数字は現在263。まだ上昇を続けている。


『上へ参ります。いつまでも、いつまでも』


 エレベーターのアナウンスは、50ずつ上がる度に同じボイスを流す。いつまでもが、一体いつまでなのか。全く検討がつかない。


「これ、ちゃんと上りきってくれるんだよな?」


 エレベーターに対して苛立ちを隠そうともせずに言葉をぶつけるが、もちろん返答はない。


 画面に表示された数字はどんどん加速して増えていく。それに伴い、体にかかる重力も強くなっている気がした。


 このビルは外から見た雰囲気から考えても、高くて5階くらいだろう。高くはない一般的なビルだ。それなのに上昇は止まらない。止まる気配が一切感じられない。


「まぁ、罠だろうとは思っていたが……」


 エントランスで待ちわびていたのは窮鼠きゅうそだった。扉の固定を行う仕事をしており、来るものを閉じ込める役割を果たす存在。

 そして今俺が乗り込んでいるエレベーター、これも恐らく──いや、確実に魑魅魍魎ちみもうりょうたぐいだろう。

 そいつがなんの役割でここに居るのか、きっとそれを考えることが脱出の鍵になるはずだ。


『上へ参ります。いつまでも、いつまでも』


「うるせえな、上に行くことは分かってんだよ」


 機内から発生する機械音声は、どことなく悲壮感漂うものだった。少し寂しげで、少し泣き声にも似た。


「お前はなんでそんなに寂しそうなんだよ」


 むろん、その答えは返ってこな──。


『いつまでも……ただいつまでもこのままでありたいと願えばこそ、哀しさに身を焦がすのです』


 ──返ってきた。返答があった。会話ができた。


「哀しさに身をこがす? それってどういう事だ!?」


 モニターに向けて声を荒らげる俺とは相対し、発せられた音声はまたしても抑揚のないものだった。


『上へ参ります。いつまでも、いつまでも』


 いつまでもという言葉が何を示しているのか、俺には分からない。ただ、エレベーターはいつまでもこのままでありたいと願っているようだった。それはハッキリわかった。


「お前のことが知りたい」


 エレベーターは何も答えない。


「お前の仕事はなんだ?」


 それもエレベーターは答えない。


「なぜ寂しいのだ」


 きっとこれも──。


『わたくしがこの世から消えてなくなるからです』


 ──応えた!


「どういう事だ、消えてなくなるってどういうことなんだよ!」


 と、機内を揺らして返答を待つが、それも答えてはくれない。ただ寂しげに、定型文を読み上げるだけだった。


「……もう600階なのか」


 どんどん上昇は続く。延々と上昇は続く。

 数字は上がる一方だし、なんなら数字の進む速度もいつしか上昇している気がした。


「もう700か」


 例の定型文も、100進むごとに読み上げるよう変化してきた。


「もう800……」


 上昇スピード自体が変化しているらしい。


『わたくしは……』


 1000を超えた辺りで、突然エレベーターが語り始めた。


『わたくしは……死にたくないので……上へ参ります。いつまでも、いつまでも』


 死にたくない、どういうことなのだろうか。


「今はどこへ向かってるんだ」


 ふと、何かを決意している風なエレベーターが気になり、そんなことを呟いていた。


 エレベーターは即座に答える。


『上に参ります』


「その上ってのにはなにがあるんだ?」


『……』


「上には誰が居るんだ」


『……』


魅皇みこって奴か?」


『……』


 答えないか。


『わたくしは、ただあなたをここに閉じ込め、上へ参るのみ。ただ上へ、上へ、上様のもとへ』


 何を言っているのかは分からない。ひとつ分かったことは、いつまでも上り続けるつもりであるということか。永遠に登り続けるというのなら、きっとそういう罠なのだろう。俺を閉じ込めてしまうタイプの罠……。


「俺を届けたらなんでお前が死ぬんだよ」


 そう問いかけてはみるも、やはり答えてはくれないようだった。いや、想像はつく。俺が窮鼠を殺したから、それを恐れているのだろう。同様に殺されてしまうのではないかという恐怖が彼を襲っているのだろう。

 同情はしない。こいつは敵だ。感情を重ねてはならない。そして、閉じ込められ続けるつもりもない。


「仕方ねぇ。壊すか」


 エレベーターの階数は、いつの間にやら一万を超えていた。


 俺は腰に手を当てて全エネルギーを集中させる。


「おいエレベーター、今の内に名乗りを上げておけ。覚えておいてやる」


 空中に星を散りばめ、点を線で結びつける。


『わたくしの名は……以津真天いつまでん


 以津真天……名を聞いたところでどんな奴かは分からないが、確かに覚えた。


「お前の名前は覚えた。だから、ぶっ壊す。変態ッ!」

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