第91話、機械仕掛けの魑魅魍魎なり。
結局、どう足掻こうが細柳小枝が折れてくれる様子はなかった。何がなんでもネタバレはしたくないらしい。俺がどれだけ懇願しようが、絶対に今後を語ってくれることも登場キャラクターの倒し方を教えてくれることもないのだろう。この男からは確固たる意思を感じる。決して曲げることの出来ない強い意志を。
「まぁいいや。流石にこれ以上ロビーで長話するのも無駄だし、次行くか」
ため息混じりにそう呟く俺を、待ち望んでいたかのようにエレベーターは出迎える。
『上へ参ります』
心做しか、痺れを切らした声色にも聞こえてくる。早く乗れよと言いたげだ。
「
「
キッパリと言い返す男を半ば無視して、エレベーターに足を向けた俺。それとは正反対に、必死こいて裾を引っ張る細柳小枝。
「いや、なにしてんの? 上行かないと謎の揺らめく光の正体分からないじゃん」
「いや、それはそうなんですけどもね、え? 松本くん今エレベーター乗ろうとしてました?」
『上へ参ります』
エレベーターは扉を開いたまま青白い光を放って待ちぼうけ。
「当たり前じゃん。こいつに乗らないと上行けないんだけど」
「いやいやいやいや、よくよく考えてみてくださいよ」
いや、もう考えつかれたんだけれど。正直な話、この男から情報を如何にして聞き出すかってことに頭をめっちゃ使ったんだけど。昼ごはんに食べたカロリーは恐らく全て脳に行ったよ。それでもダメだから諦めたばかりなんだけれど。え? もっと何を考えろと?
「これ明らかに罠ですよ」
「そうだな」
「そ、そうだなって、分かってて乗ろうとしてるんですか?」
「そうだな」
「話聞いてます?」
「そうだな」
適当に話を流しながらエレベーターに乗ろうとする俺を、細柳小枝は改めて阻止した。
「いや、絶対これ罠ですって!」
「だからなんだよ」
必死に罠である危険性を訴えてくる細柳小枝ではあるが、正直俺からしたら罠とか罠じゃないとか、今となってはどうでもいいことだ。
そもそもこのビル自体が罠であることなど最初からわかっている。わざわざ怪奇現象にも似た謎の噂話を利用してクラス中に恐怖を振りまいたことも、その声がちょうど俺の真後ろから聞こえていたことも、全てをひっくるめて考えてみればすぐに分かる。
今回の敵は明らかに俺を誘き寄せている。ヒーローである俺に、謎の怪奇現象と俺の知らない噂話を風潮し誘き出す作戦だろう。そんなことはすぐに察しがつく。わかりやすいにも程がある。
俺が知りたいのは『どれが罠でどれが罠じゃないか』ではない。なぜ『俺をここへ呼んだのか』だ。
「みすみす罠に向かおうとする友人を、止めないわけがないじゃないですか!」
そう必死に俺を揺さぶる細柳小枝。きっとこれも彼なりの優しさなのだろう。だが、彼が俺にすべき心配は罠の心配じゃない。今後出てくる敵を倒せるかどうかだ。彼がすべき事は俺が危険地帯へ向かう足を妨害することじゃない。今後現れうる敵の倒し方の提示だ。
それを徹底して拒否った奴が、何を今更心配しているのやら。そう思うと何だか腹が立ってきた。
「いや、細柳さ。罠であるのは分かりきったことだろう? 何を今更ビクビクしてんの? お前だけ先に帰ったっていいって言ってんじゃん」
「……いや、そういう訳には。それに我は松本くんにいざということがあれば外部にそれを伝えるという使命が」
彼の正義感と俺が求めているものが全く噛み合っていない。
「いいか? 戦うのは俺だ。そうだよな」
「それは、まぁ。そうですが」
「それに罠であることはエントランスで戦った
最後に、俺は行くぞと言い切ってエレベーターに乗りこんだ瞬間だった。細柳小枝の俺を止めようとする言葉が俺の耳へ届くよりも早く、エレベーターの扉がビシャッと閉められた。
『ご搭乗誠にありがとうございます』
「おい、なんだこれ! 突然ドアがッ!」
「松本く──」
ドアの向こうから細柳小枝の声が聞こえたと思ったがそれも直ぐに消えた。
体が急に重くなるのを感じる。エレベーターが上昇を始めたのだろう。
『上へ参ります』
「くそっ、ボタンがないだと!?」
階を表すボタンも、開閉ボタンも、緊急停止ボタンも無い。ただ、存在するのは『現在の階を表すモニター』だけ。
「クソが、止まれ、止まれよ!」
必死に抵抗する俺とは相対し、自動ドアは冷淡に言葉を発する。
『上へ参ります──』
その言葉は、どこか寂しげに聞こえた。まるで感情の籠った人間が声を出しているかのようだ。
「──おいおい、泣きそうな声出してんじゃねぇよ。俺を哀れに思うんなら、さっさとここから出しやがれ!」
どんなにドアを叩いても、体を揺すってエレベーターを止めようとしても、全く変化は見られない。モニターに表示される階数は、どんどん増えていくばかりだ。
女性に似せられた人口音声は、60階を過ぎたあたりで声を低くする。
『上へ参ります』
まるで申し訳なさそうに、まるで悲しみを堪えて我が子を捨てる母親のように、静かな声色で続けた。
『いつまでも……いつまでも……』
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