第55話、それはガラケーで。
「これから色んなことが起きるだろうし、大変だと思うけど。その分アタシが愛してあげる。今日の
彼女の眼光は輝きを増し、その口は獰猛に開く。
「だからダーリン、アタシを信じてね♡」
その言葉の重みを、俺は受け止める自信が無かった。正直言って、恐怖。俺は彼女を倒すことが出来なかったし、今後戦うことになったとしても、金銭面の都合上敵う相手ではない。星座の全ての能力を使ったとしても、勝てるかどうか怪しい。暴走し続ける高火力の牡羊座、コンビネーションで翻弄する双子座、確実に相手を仕留める乙女座、その他にも、蠍座や魚座など、頼りになる星座は残っている。それら全てを完全に使いこなしたとしても、だ。
「勝てる気がしない」
それが正直なところ、俺の俺自身への評価だ。ガトーショコラは昨日の戦いの時もそうだったが、手加減しているように感じた。気のせいだといいのだが。
俺はゆっくりと起き上がり、彼女を睨めつける。しかし、ガトーショコラは微笑んだままだった。何かを強く決意したかのような表情に、思わず戦意が喪失される。戦おうという俺の中の意識は、蒙昧に薄れた。彼女に抱く感情が、複雑に捻れる。
「好きにしろ」
「うん♡ 好きにするね♡ あはは♡」
分からない。ガトーショコラが何をしたいのか、全く分からない。昨晩、あいつは俺を殺そうとしていた。そして今度は愛そうとしている。意味がわからない。まさか、ガーネットの空間魔法のせいだろうか。その可能性はあるだろう。彼女自信、ダイヤモンドの時といいアクアマリンの時といい、自分の空間魔法の効果を受けていた。ガーネットの能力発動時に、俺への殺意が愛に変わった可能性はある。
となれば、今は俺を殺すことは無いだろう。しかし、いつ再び殺意が俺に向くかも分からない。危険と隣り合わせなことに変わりはないだろう。事実、牡羊座の能力を使った時は、次々と新たな『殺意』が芽生えたおかげで『愛』という感情を上書きすることが出来た。もしガトーショコラがあの時の俺のように、永続的に殺意を抱くのだとすれば。その時はきっと、俺の命日になるだろう。
ってか、長居し過ぎたな。今何時だ? そう思い、ポケットの中に入った携帯端末を取り出して時刻を確認する。ふむ、入学式が始まるまであと20分。かなり余裕を持って家を出たつもりだったのだが、気がつけば遅刻ギリギリだ。
「ヤバいな……」
慌てて歩き出した俺、心の中で自らを急かす。早くしないと遅刻だと。初日目にして二人揃って遅刻という不名誉だけは避けたい。亜月さんにも迷惑をかけてしまう。
「ダーリン、どこ行くの?」
勝手に一人で歩き出した俺を、ガトーショコラは慌てて追いかける。どこ行くのって、そりゃ登校するのだから、高校に決まっているのだが。
「もしかして、ダーリン怒っちゃった? ごめん、ゴメンだからッ!」
必死に両手を合わせて頭を下げてはいるがその不安げな表情は紛れもなく本心だろう。俺に嫌われたくないというのは、彼女の心からの願いなのか。というか、こいつはもしかして学校に行かなきゃいけないということを忘れたのか?
「ゴメンだから! ね、ゴメンだから! ダカラだから! たからダカラ? ダカラだから? 忘れちゃった……。いや、そんなことよりも! ダーリンイケメンだよ? めっちゃカッコイイよ? 小学生の頃からクール貫いてたよ?」
ガトーショコラは俺の機嫌を取ろうと必死になって褒め始める。そんな彼女を振り返り、俺は携帯端末を開いて見せた。
「あのな、時間見ろ」
そこに指し示されていたデジタル表記の現在時刻。遅刻ギリギリである。それを見て、ガトーショコラはキョトンとした。
「うん、時計だね。アタシだってガラケーくらい知ってるもん! あれでしょ、
「伽藍堂ってどこだよ」
「違うの!? 任天堂的な会社じゃないの!?」
妙なところで衝撃を受けている。
「任天堂はゲームの会社だろ! 伽藍堂はそもそも知らないし。俺ステマとかする気ないから会社名とか出さないでくれる!?」
「ガガーリンッ! 突然メタ発言ッ! じゃ、じゃあガラケーってなんなの?」
「ガラパゴスケータイだよ」
「ガラパゴス!? 日本産じゃなかったの!?」
ショックのあまり目が飛び出しかけている。グロい。
「ガラパゴスが作った携帯って意味じゃないよ!?」
「違うの!?」
いや、驚きすぎ。
「ガラパゴス諸島って、独自の進化遂げた生き物が沢山いるだろ?」
「そなの?」
「そなの」
彼女はほへーと目を丸くしている。いやバカかこいつ。
「そんなガラパゴスの生き物みたいに、独自の進化を遂げた携帯電話だからガラパゴスケータイ。分かった?」
「うん、分かった。で、なんでそんな早歩きなの?」
「遅刻するからだよッ!」
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