第15話、それは天秤座で。

「お、恐ろしいな……」


 俺の口から漏れ出た言葉は、嘘偽りのない本心だった。彼女の使う空間魔法のせいではない。心の底から思わず呟いた言葉だ。と言うのも、先程まで何の変哲もない家具や彼女の皮膚が、ダイヤモンドに侵食されていたのだから。


 仮にあの魔法を俺が受けていたとすれば……。


「想像も出来ねぇ」


 左腕を抑え苦しそうな表情を浮かべるガトーショコラを見るに、まともに魔力を喰らっていれば、今頃三途の川だったかもしれない。


「アタシも驚いた……まさか、アタシの魔法をアタシが喰らうなんて」


 本当に悔しそうに彼女はそう口にした。戦闘狂かよ。


「ふっ、詰めが甘かったな」


 とは言ったが、正直賭けだ。天秤座の能力は扱いが難しい。物体Aと物体Bの位置を入れ替えるというのが天秤座の能力なのだが、その価値は揃わなくてはならない。先程も俺のハンカチとガトーショコラのステッキをチェンジしようとしたのに、手に入ったのはパンツだった。これは生地が同じだからなのか、値段が同じだからなのか、重さが同じだからなのか、俺には全く分からない。無理やりチェンジしようとした場合強制的に預金が持っていかれるシステム上、あまり使いたくもない技だった。


「だが、上手くいってよかったぜ」


 後で残り預金確認しなきゃならないが。十二星座の力は使う度に追加料金が発生する。本来は使いたくない力なのだが、運のいい事に闇金からいくらか借りていた事が幸を運んだ。しかし、出し惜しみはしていられないだろう。ガトーショコラの持つ空間魔法と必殺魔法、その二つを相手にオリオンの力だけで戦えるとは思えない。


「上手くいって良かった……ね」


「あぁ。俺のとっておきなんでな。ちなみに今の魔法はどういう能力なんだ?」


「あはは……ダーリン見て分からない?」


「分かるかよ」


「ばーかばーか!」


「あ゛ぁ゛ん゛?」


「あう……ごめんねダーリン。ちゃんと教えるから許して? ……この技は光に包まれた炭素分子が再結合してダイヤモンドになる技なの。だから、ほら。アタシの左手みたいになっちゃうわけ」


 彼女の言う通り、左手は腕と言えないほどに変色し、ダイヤモンドが無数に突き出している。そして流れる血液。


「……怖ッ」


 さて、次はどのような一手を放つべきか。一応俺には十二星座の能力がある。しかし全部を使うとなると預金は足りないだろう。だが、彼女だってまだ色々と奥の手を持っていそうだ。出し惜しみせずどう戦うか、考えなくては。


「……ダーリン、本当の事教えてね? さっきアタシからパンツ脱がしたのはその技?」


 ガトーショコラは自らの左腕を腹立たしそうに見つめながら問を投げかけた。余程精神的ダメージがあったのだろう、大技を自分が喰らったという屈辱を感じ、悔しそうに歯を食いしばっていた。


「ねぇダーリン、答えて。アタシのパンツはその能力で奪ったの?」


 この問に対して嘘を吐けばまたしても能力が発動するだろう。体内の炭素が崩壊する痛みというのは恐ろしいもので、自分の体が熱を帯び溶けていくような気分なのだ。そんなものを再び喰らえば、身動きの取れない間に近距離でボコボコにされかねない。いや、もしかしたら再び大技が飛んでくるかもしれない。つまり、嘘を吐けば死が訪れるという訳だ。なんて面倒な……。


「あぁ、その通りさ。俺の能力で俺とお前の位置を入れ替えた」


「位置を入れ替えた?」


「そう。天秤座の能力『トランス・リヴラ』は二つの物体の位置を入れ替える能力。さっきはお前のパンツと俺のハンカチの位置を入れ替えたのさ。走ることに夢中で、パンツが無くなったのに気づかなかったのか? それとも普段からノーパンに慣れてるのか?」


 まずは挑発し先程のように嘘を吐かせる。ガトーショコラが空間魔法のダメージを受け動けなくなった隙に拳を叩き込んでKOだ。

 しかし、ガトーショコラはニヤリと微笑むだけだった。


「ふーん……ということは、ダーリンは私より速く動けない……のね♡」


 突如目の前が真っ白になるのを感じた。いや、見えてはいる。だが景色として認識できない。高速で切り替わる写真みたいだ。視覚から入る情報を正しく認識することが出来ない。それなのに世界はゆっくり動いているように感じた。その原因はハッキリしていた。酸欠である。


「カハッ……」


 訪れる腹痛、吐き気、目眩、ほんの一瞬、瞬きをする程の速度で、彼女は俺の懐に飛び込み強く鳩尾に拳を突き立てたのだ。痛みと吐き気が同時に押し寄せ、肺の中の空気が全て外へ漏れる。重い一撃だった。気を失うほどに強力な。だがガトーショコラの攻撃は止まらない。


「ッガ!」


 俺の視界が急速に回転する。どうやら側頭部をダイヤモンド化した腕で強く殴られ吹っ飛ばされたらしい。同じくダイヤモンド化した壁に激突し、俺の体は地面に叩きつけられる。


「つ、強すぎる……」


 あの速さについて行かなくては、殺される。しかし、今の『トランス・リヴラ』ではあの速度に着いていけない……。唯一彼女と互角に肉弾戦を可能とする手段はあるが……。やむを得ない。今俺の前に立ちはだかる強敵は、これまでの人生など非にもならぬ程圧倒的パワーを見せつけてきたのだ。俺も全力で立ち向かわなくては。


「ったく、引越し初日目でいきなりボス戦かよ」


 それとも今朝戦ったハーデンベルギアが異端な弱者というだけで、基本的にこれから戦うであろう敵は皆彼女と肩を並べる奴等なのだろうか……。まぁいい、出し惜しみはしていられない。金もガンガン使ってやる。


「来いッ! 牡羊座!」

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