番外編

番外編(マリー編-1)

「どうも、有難う御座いました」

「いえいえ、こちらこそ」


 私は目の前の男性に礼を言う。


「……そろそろ、私も一線を退こうかと思っております」

「そんな、ヘレフォードさん! もしかして、お体でも――」

「ふぉふぉふぉ、マリーさんは優しいの」


 目の前の男性は、グランド通信社代表のヘレフォードさん。

 懇意にして頂いている相手だ。

 最近では、仕事以外の話をしたりする仲でもある。

 

 私は名前はマリー。

 四葉商会の代表だ。


「ところで、例の件は考えてくれましたかの?」

「申し訳御座いませんが、まだ結婚するつもりはないので、丁重にお断りさせていただきます」

「そうですか……それだけの美貌と商才があれば、選びたい放題ですしな」

「またまた、御冗談を」


 ヘレフォードさんは、私に幾つかの縁談を持ってきていた。

 取引のある商会の代表が御子息の相手にと、照会してほしいとのことだった。


「四葉の女帝を惚れさせることが出来る男性は、そうそういないということですな」

「私自身、その通り名は好きではないのですけどね」


 誰が言ったのかは分からないが、私は『四葉の女帝』と呼ばれていた。

 数年前に立ち上げた四葉商会を、エルドラード王国内でも影響力のある商会にした実力者だと思われている。

 その一方で、被災者などへの支援を行ったりしたことで、その知名度は一気に広がっていた。

 でもそれらは、私の実力ではない。

 全ては、既にこの世にいない彼の業績なのにだから――。


「話を戻させていただきますが、本当に退かれるおつもりなのですか?」

「そう思っています。いつまでも私が代表では、我がグランド通信社の成長は見込めませんからの。マリーさんや、グランド通信社は……いずれは、四葉商会や他の商会にも劣ると思っております」

「そんなこと――」


 私が話そうとするのを、ヘレフォードさんは止めた。


「マリーさんも、副代表のオージーが代表の器ではないことは分かっておられるかと」


 ヘレフォードさんの言葉に、私は言葉に返すことが出来なかった。

 それまでにヘレフォードさんから、何度も相談を受けていたからだ。

 実際、オージーも任された仕事で成果を上げることが出来なかった。

 オージーの無能ぶりは、グランド通信社内でも噂になっていることは私も知っている。

 そのことにオージー自身も薄々、気付いていると思っている。

 私も数回しか会ったことはないが、妻でヘレフォードさんの娘であるシャロレーさん。

 彼女の存在が、オージーさんをよく思わない社員たちがオージーを次期代表の座から引き下ろそうとしているのだと思う。

 大きな商会だからこそ、上昇志向のある社員たちの競争相手……いや、邪魔な相手を蹴落とそうとしているのだろう。

 この問題はいずれ四葉商会でも、いずれは考えられることだ。

 しかし、四葉商会にはシロがいる。

 私以上の抑止力があり、客観的に意見を述べてくれるだろう。

 ある意味、私よりも怖い彼を知っている社員たちは、逆らう気さえ起きないだろう。


「それでも、ヘレフォードさんはオージーさんに代表の座を譲ることを……決めているんですよね」

「――身内贔屓と、私を非難するかね」

「いいえ。私はグランド通信社の部外者ですから」

「そうでしたな」


 ヘレフォードさんは笑って返す。


「代表。そろそろ」

「もう、そんな時間か……マリーさんや、老人の戯言に付き合わせて申し訳なかったですの」

「いえいえ、楽しい時間でしたわ」


 ヘレフォードさんはアンガスさんに手を取られながら去って行った。

 見送った私は、ヘレフォードさんの体のことが気になった。

 私の言葉に対して、曖昧な回答しかされなかったから――。


 ヘレフォードさんと別れた私は、フランと会う約束をしていたので待ち合わせの場所へと向かう。

 彼が居なくなってから既に一年以上経っている。

 居なくなって感じた彼の存在の大きさ。

 四葉商会だけではなく、この世界自体が大きく変動を迎えた時だった。

 魔王であるアルシオーネ様とネロ様は、ギルドに協力して被害が出ないように内々に処理をしていると教えてくれた。

 それも彼の願いだと、嬉しそうに話をしていた。

 師匠と弟子の関係は居なくなってからも、同じなのだと感じていた。


「マリー、遅いよ」

「ごめんね。グランド通信社との打ち合わせが延びちゃって」

「……それなら、仕方ないけど」


 フランとの待ち合わせ場所についた私は、フランを見つけると対面に座った。

 店でなく、わざわざ別の場所で待ち合わせをするのは珍しい。


「それで話って、なんなのよ」

「実はね――」


 フランは周囲を確認するかのように見渡すと、私に顔を近づけてくるので、私も顔をフランに近付ける。

 フランは周囲に聞かれたくないのか、小声で話し始めた。

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 ・


「えっ! それって、嘘じゃないわよね」

「嘘じゃないよ」


 私はフランの言葉に、耳を疑った。

 それは――結婚報告だった。

 フランのお相手は、幼馴染でガイルさんの所で働いているロイドだった。

 私もフランとロイドが幼馴染のことは知っていたが、結婚はおろか交際していることさえ知らなかった。


「マリーには悪いけど、お先に!」

「……はいはい」


 動揺しているのがフランにバレないように平静を装う。


「その……四葉商会を辞めるの?」


 私は聞くのが怖かったことを、フランに聞いた。


「まさか! ロイドも今の仕事を続けていいって、言ってくれてるし……子供が出来るまでは続けるつもりだよ」


 子供という言葉に恥ずかしかったのか若干、頬を赤らめてながら話す。


「それでね。ブライダル・リーフで結婚式をしたいなって思っているんだ」

「それは構わないけど」

「場所はゴンド村じゃなかった、ゴンドでなんだけど……」


 ゴンド村。今は魔都ゴンドと言ったほうが通じる。

 フランとロイドの故郷だ。

 そして、彼が築いた場所でもある。


「別にいいわよ。魔都ゴンドで盛大にしてあげるわよ」

「ありがとう!」


 嬉しそうなフラン。


「それで予算は?」

「……予算?」

「えぇ、社員だから安くしてあげるけど、無料タダってわけには、いかないかわ」

「そ、そうなんだ」


 フランが不安な表情を浮かべていた。

 まさか、無料タダで結婚式が出来ると思っていたのだろうか?


「フラン。無料タダで結婚式をするつもりだったんでしょう⁈」

「そ、そんなことは――」


 フランの表情を見る限り、間違いないと確信する。

 私が代表にはなっているが、フランは同士だと思っている。

 奴隷となった私がゴブリンに捕まった時に知り合った。

 それから一緒にジークに来た。

 私もフランも、ジークに来てから順風満帆だったわけではない。

 辛うじて暮らすことができた。

 しかし、私をその状況から救い出してくれたのは彼だった。

 私もフランも彼には感謝をしている。

 いえ、彼に関わった多くの人たちは、彼に感謝していると思っている。

 それ以上に迷惑を掛けられたと感じている人たちも、彼を憎んではいないだろう。

 時折、フランが見せる表情からも、自分の結婚式には参加して欲しかったのだと思う。

 彼のことだから、私たちが驚くようなことをするに違いない。

 ――私もフランも、それは叶わないことだと分かっている。

 何より、彼に恩返しをする前にいなくなってしまった。

 私同様にフランも思っている。


「まぁ、無料タダには出来ないけど、私とフランの仲だから、出来るだけ安くするわ」

「さすが、マリー。ありがとうね」


 私に礼を言うフランは、頭の中で結婚式を挙げる予算を必死で考えているのだろう。

 フランの金銭感覚は、私も知っている。

 あるだけ使ってしまうので、何度か彼に叱られていた。

 今でも、前借りの相談をたまにされる。

 こんなフランと結婚するロイドは大丈夫なのかと、余計なことだが心配になってしまった。


「なにやら、深刻な話をしているみたいですね」


 私の後ろから聞き慣れた声がする。

 振り向くとシロだった。


「あっ、シロ。ちょうど良かった! シロにも報告しようと思っていたんだ」


 フランはシロにも結婚の報告をする。

 報告を聞いたシロは、フランを祝福する。

 そして、神父は仲間であるクロに頼めばいいと言ってくれた。


 クロは魔都ゴンドで、アルシオーネ様とネロ様たちと一緒にゴンドを守護している。

 彼が居なくなった後、シロとクロはお互いの方法で彼の大切にしていた場所を守っていてくれている。


「クロさんには、私から伝えておきますね」

「お願いね」


 フランは自分の結婚式が着々と実現するのが嬉しいようで、笑顔だった。


「マリーには、いい人がいないの?」

「……知っているくせに」


 シロは知っているくせに、嫌がらせのように聞いてきた。

 こういったところは、彼に仕えていた従者らしい。

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