第935話 ありがとう! そして、さようなら!

「ごめんね」


 エリーヌが俺に謝る。

 ユキノのことを隠していたからだろう。

 俺はエリーヌを責めるつもりはない。


「気にするな。ただ、俺の個人的な我儘だと分かっているが、その……ユキノのことを気に掛けてやってくれるか?」

「うん、もちろんだよ。私が教育担当になれるよう、モクレン様たちに頼んでみるね」

「いや、それは――」

「なによ! 私じゃ不満なの?」


 エリーヌが俺を睨みつける。

 ユキノの教育係が、エリーヌだと不安しかない。

 変な影響が無ければいいのだが……。


「……宜しく頼む」

「うん、私に任せておいて!」


 エリーヌは胸を張り、自信満々に胸を叩いた。


「これで全部か?」


 俺への用事が終わったと感じたので、エリーヌに切り出す。


「うん」


 寂しそうに頷くエリーヌ。


「なんなら、もう少しだけ、この世界にいてもいいんだよ」

「いや、未練が残るだけだ。今の気持ちのまま、消滅したい」

「そう……」


 エリーヌは涙ぐんでいた。


「このハンカチは大事にするからね」

「エリーヌにあげたものだから、好きにしてくれていいぞ」

「それと、ユキノが正式に神になったら、私が使っている四葉の紋章は、ユキノに譲るよ」

「いいのか?」

「うん、記憶が無いとはいえ、ユキノの方が四葉の紋章を持っていた方が、いいでしょう。それに私には、もっといい紋章があるかも知れないから、それまでに探しておくつもりよ」

「ありがとうな」

「いえいえ、どういたしまして」

「まぁ、これから使徒を選ぶ時は、もっと慎重にしたほうがいいぞ」

「なんで?」

「俺のような使徒だと苦労するだろう?」

「そんなことないよ。私の目には狂いが無かったってことは、タクトで証明されているからね」


 目に涙をためながら、エリーヌは必死で笑顔を作っているのが分かる。

 俺も笑顔で、エリーヌに答えた。


「最後に言っておくことある?」

「そうだな……仕事をサボる癖を直せよ」

「失礼ね! そんなにサボっていないわよ。タクトは毎回、たまたま見ているだけだよ」


 そんな確率で、たまたまなのか? と疑問を感じたが、エリーヌらしいと思わず笑う。


「それと、眷属にはもう少し、きちんと名前を付けた方がいいぞ」

「それはタクトに言われたくないわね!」


 たしかにそうだが、俺の場合はネーミングセンスがないだけで、エリーヌのように適当に付けているわけでは無い。


「……だけど、こうやって口喧嘩出来るのも最後なんだね」

「そうだな。まぁ、数が多い使徒の一人が居なくなるだけだから、そんなに気にするなよ」

「そんなことないよ‼」


 エリーヌが大声をあげた。


「タクトは私の最初の使徒だったんだよ。絶対に忘れないから……絶対に」


 今まで我慢していた涙が一気に流れ出るかのように、エリーヌは大泣きしていた。


「だから、そんな悲しいこと言わないでよ」


 感情崩壊したのか、エリーヌは膝から崩れて、下を向き顔を手で覆い隠した。

 エリーヌの気持ちは嬉しいが、その感情は今だけのものだろう。

 これから何百いや、何千という使徒と出会い別れを繰り返す。

 そのうちに使徒に対して、今のような感情を抱かなくなるのは自然の流れだと思うし、それはエリーヌのせいではない。

 こういった感情になるのが嫌だと、使徒との距離を考えることだってあるだろう。


「悪かったよ」


 俺が謝るしかないと思い、素直に謝罪する。


「ぐすっ。タクトとは笑顔で別れたかったのに……最後まで、タクトには振り回されっぱなしだよ」


 涙を拭きながら、エリーヌは立ち上がる。


「そうか? 俺のほうこそ、エリーヌに振り回されていたと思うけどな」

「そんなことないよ。絶対にタクトだよ」

「いいや、エリーヌだ」

「タクトよ」

「エリーヌだ‼」


 知らない間に言い争いになっていた。


「この方が俺たちらしいな」

「うん、そうだね」


 自然と笑顔で向き合っていた。

 俺はエリーヌに向かい、頭を下げた。


「……どうしたの?」

「エリーヌ様。死んだ私を使徒に選んでくださり、本当に感謝しております。そして、エクシズでの第二の人生も、エリーヌ様のおかげで一度目の人生よりも充実した人生を送ることが出来ました。これも全て、エリーヌ様のおかげです。本当に……本当にありがとうございました」

「ず、ずるいよ――もう、泣かないと決めたばかりだったのに……」


 俺は正式にエリーヌへの感謝の気持ちを伝えた。

 これは俺自身のけじめでもあった。


「そんなに泣いていると、目が腫れるぞ。他の神たちから揶揄われないか?」

「そんなに泣いていないもん‼」


 エリーヌは、必死で涙を拭う。


「……準備した方がいいよね」

「そうだな。頼む」


 別れの時間だ。

 エリーヌは切なそうな表情で、右手を目の前で横に振った。


「この光を潜れば、タクトの魂は消滅するから――」

「分かった」


 俺は頷く。


「本当にありがとうな」

「こっちこそ、ありがとうね」


 俺の差し出した右手に、エリーヌも応えて右手を差し出して、最後の握手を交わした。

 光の方へと歩き出す俺に、エリーヌは何か言おうとしていたようにも思えた。

 俺の第二の人生。

 使徒としての全うした人生。

 エクシズで過ごした日々を思い出しながら、俺は一歩ずつ光のほうへと足を進めた。

 あと、二歩で光に入ろうとするとき、エリーヌの叫ぶ声が聞こえた。


「タクト‼」


 俺は振り返らずに右手を頭上に上げて左右に振り、エリーヌの声に応えて光の中へと入った。


 こうして、俺の二度目の人生は完全に終わったのだった――。

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