第907話 研修終了?

 ルーカスやイースは、エリーヌとの別れを悲しんでいた。

 本当に孫と別れるのを寂しがる祖父母のようだった。

 エリーヌも、可愛らしい孫を演じているので、余計とルーカスやイースが悲しそうな表情をする。

 神の力か何かをエリーヌが使っているのではないか? と思えるほどの演技力だった。

 名残惜しそうなルーカスとエリーヌを残して、俺たちは王都を去る。


 エリーヌは国王であるルーカスと会えたことで、よりこの世界のことを知れたと満足そうだった。

 先程までの猫撫で声で甘えていたエリーヌは計算だったのかとさえ感じた。


「いい人たちだね」


 ユキノのいない所でエリーヌは、ルーカスたちのことを話す。

 この言葉はエリーヌの本心だろう。


「しかし、実際に見て感じると今までと違う感じだね」

「違う感じ?」

「うん。匂いとか、雰囲気と言うか……温度とかかな? 映像では分からないからね」


 エリーヌは独特な表現をするが、俺には言いたいことが伝わった。


「自分の世界により親しみが湧くから、よりいい世界にしたいと思うね」

「そうなんだ」

「うん。以前から、この制度があれば……」


 エリーヌは口籠る。

 おそらくエリーヌは……ガルプのことを言っているのだと思うが、ガルプがエクシズに来たとしても、ガルプの行いは変わらないと思った。


 用事を済ませたユキノが戻ってくる。

 暗い顔をしているエリーヌを心配するが、ユキノに声を掛けられると笑顔に戻る。

 エリーヌがユキノに話し掛けた瞬間、目の前の世界が変わる。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目の前にはモクレンの姿。

 視線を変えると、子供の姿のエリーヌが目に入る。

 俺とエリーヌが、連れて来られたようだ。

 エリーヌは俺の隣まで移動してくると、モクレンに頭を下げた。


「自分の世界はどうですか?」


 モクレンがエリーヌにエクシズの感想を聞く。

 少し考えながら、エリーヌが口を開く。


「とても、いい世界です‼」


 自信満々で答えるエリーヌの表情は、清々しく映った。

 ただ、エリーヌの本心なことは間違いない。


「そうですか」


 エリーヌの答えを聞いたモクレンも笑みを浮かべた。


「では、もう戻って来てもいいですよね」

「えっ‼」


 モクレンの意図せぬ言葉に驚くエリーヌ。

 それは俺も同じだった。

 期間が無いとはいえ、もう少し長くエクシズでエリーヌと生活出来ると思っていたからだ。


「モクレン様、もう戻らないと……いけないのですか?」

「まだ、エクシズに留まりたいのですか?」

「それは……」


 突然のことで頭の整理が出来ていないのか、即答できずにいた。


「自分が担当する世界の一部でも感じられて、満足できているのであれば、留まる理由があるようには思えませんが?」

「……」


 モクレンの言う通りなのか、エリーヌは黙ったままだった。


「モクレン様、宜しいですか?」

「はい、なんでしょう」


 このままだと、エリーヌが強制的に神の研修を終えて、エクシズから去ってしまうと感じた俺は焦りながら、モクレンに自分の意見を言うことにした。


「エリーヌがエクシズに来てから、多くの人たちと親睦を深めております。出来れば、そのお世話になった人たちに挨拶をするくらいの時間を与えて頂けませんでしょうか?」

「タクト‼」


 俺の提案を聞いたエリーヌは、少しだけ嬉しそうな表情に戻った。


「……たしかに、そうですね。何も言わずに去るというのも、エリーヌが失礼な人だと思われるかも知れません」


 モクレンは俺の提案を受け入れてくれる。


「分かりました。二日間の猶予を与えます。三日目に日付が変わった瞬間に、エリーヌのエクシズでの研修を終えることにします。それで、よろしいですか?」


 俺はエリーヌと顔を見合わせると、エリーヌは頷いた。


「分かりました。私の我儘で申し訳ありません」

「いえいえ、貴女の評価が、神であるエリーヌの評価に影響することも考えられますし、タクトの案は良い案だと思いますよ」

「ありがとうございます」

「詳しい報告は戻って来てからで結構ですので、限られた残りの時間を最後まで自分のためになるよう、いろいろと学んでください」

「はい‼」


 モクレンの言葉にエリーヌは、はっきりとした口調で返事をした。

 エリーヌとの生活も、残り二日間。

 ユキノは寂しがり泣くだろう。

 アルやネロも、同じように悲しむと思う。


「タクト。戻ったら、私から皆に説明をするよ」


 俺の気持ちを察したのか、エリーヌが自分の口から話すと言ってくれた。


「分かった。頼むな」


 笑顔で頷くエリーヌだったが、エリーヌも別れが寂しく悲しいはずだ。

 必死で元気なふりをしているのだと俺は感じていた。

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