第853話 臆病者同士!

「は~い、トグル!」


 セイランは大声で、トグルを呼んだ。

 おそらく中にいるリベラにも、セイランの声は聞こえただろう。

 トグルは驚きのあまり、言葉を発せずにいた。

 もう、どうしていいのか自分でも分からないのだろう。 


「リベラさんだっけ? いつまで中に引き籠っているつもり?」


 セイランは扉越しに、リベラに話し掛けた。

 しかし、リベラから言葉は返ってこなかった。


「ふ~ん、そう。トグルのこと、本気じゃなかったんだ。じゃあ、私が本気で貰ってもいいんだね」


 トグルも黙って、セイランの言葉を聞いていた。

 扉の向こうにいるリベラの気持ちを確かめたかったのだろう。


「じゃぁ、トグル。私とキスでもしようか?」

「ん、なぁ――」

「リベラって子のことを忘れさせてあげるわよ」

「ちょ、ちょっと――」


 トグルの顔に手を当てて、顔を近付けるセイラン。

 その様子を見ていたフランは止めようとしたが、マリーが「駄目よ!」とフランに言い放つ。


 俺は演技だろうと思いながら見ていたが、思っていた以上にセイランの顔がトグルに近い。

 このままだと、本当に――。


 トグルがセイランの両肩に手を当てて、体を引き離した。


「その……俺には出来ませんので、勘弁してください」

「それは私とは出来ないってこと?」

「はい……」

「ふ~ん。じゃあ、誰となら出来るのかしら?」

「それは――」


 トグルは黙り込む。


「漆黒の魔剣士トグル! 情けないわね、惚れた女を泣かせることを恥だと思いなさい‼」


 セイランの態度が豹変した。

 あまりに突然のことで、トグルはもちろんだが俺も驚いた。

 セイランは扉の方を向くと、扉の取っ手を握り強引に扉を開けた!

 開けたというよりは破壊したという表現が正しいだろう。


 部屋の中には、聞き耳を立てていたリベラが座っていた。


「リベラ、あなたもよ! 惚れた男が取られたくないのであれば、泣くのでなく奪うつもりで向かってきなさい‼」


 セイランはリベラに近付くと、強引に部屋から連れ出した。


「ほら、言いたいことがあるなら、きちんと言葉にしないと伝わらないわよ」


 セイランがリベラの背中を叩くと、リベラは体勢を崩してトグルの胸に体を預けた。

 あまりにも一瞬のことで、トグルとリベラは何もできずにいたが、目の前に惚れた異性の顔があることを認識すると、二人とも顔を赤らめていた。


「トグル! 男のあなたが言うべきでしょう‼」


 セイランがトグルに発破をかける。

 トグルは顔を赤らめたまま恥ずかしそうに話し始めた。


「その……ですね。俺はザックやタイラーのことが好きだ。俺のような不器用な男を師匠と慕ってくれている」


 トグルの話を聞いた俺は「何を言っているんだ?」と思う。

 それは、マリーやフランも同じだろう。


「でも、そこにはリベラが、いつもいるからだ。その……俺もリベラたちの家族に入れてくれるか?」


 トグルは恥ずかしさが頂点に達したのか、天井を見て話していた。

 すぐにリベラの言葉は無かった。

 少し遠目から見ている俺たちには、リベラの表情はトグルの体に隠れて見えない。


「……リベラ?」


 あまりにもリベラから言葉が無いので、不安そうな表情をするトグル。


「弟たち同様、私の面倒も見てくださいね」


 顔をあげたリベラ。

 俺たちからはよく見えないが、とてもいい顔をしていたのだろう。

 近くにいたセイランの表情からも良く分かった。


「リベラ、よかったね。おめでとう!」


 気付くとフランが、リベラの所へ走り出していた。

 入れ替わるようにセイランが、こちらに歩いて来る。


「嫌な役を押し付けてしまったようだな?」

「ん~、そうかな? 私的には新しい夫婦を作った感じね」

「確かに、そうとも言えるな」


 セイランの、こういう所は血筋なのだろう。


「セイランさん。ありがとうございます」


 マリーもセイランに礼を言う。


「いえいえ」


 笑って返すセイラン。


「仲間思いの、いい人たちですね」

「そうですね」

「さすがは、名高いブライダル・リーフだけありますね」

「私たちのことを御存じでしたか?」

「もちろん。兄貴とシキブさんの結婚式を取り仕切ったんですから、身内としては覚えていますよ」

「そうでしたか」

「それにマリーさん。あなたは美人のうえ、やり手だと噂されていますしね」

「そんなことありませんよ。噂には尾ひれがつくものですし」


 二人とも笑いながら話す。

 俺だけ疎外感を感じるのは、気のせいだろうか?


「私のことは、セイランで構わないわ」

「そうですか。では、私のこともマリーで結構ですよ」

「分かったわ。よろしくね、マリー」

「こちらこそ、セイラン」


 マリーとセイランは握手をしていた。

 女同士の友情というやつなのだろうか……?

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