第838話 供花!
ライラが目を覚まさないので、しばらくは寝かせておくことにした。
「アルは……あれから、この場所に来たことがあるのか?」
「いや、もう来る用事もないしの……」
俺の質問に答えるアルは寂しそうだった。
「約束を果たすことができたし、あやつも満足しているじゃろう……」
アルは初代グランニールがいた方向を見て話す。
俺もアルと同じ方向を見る。
「……あの場所に行ってみるか?」
俺の言う『あの場所』とは、先代グランニールがいた場所のことだ。
「そうじゃな……花の一つでも供えてやらんとな」
アルは、少しだけ笑顔だった。
「お主は、ここで待っておれ。妾は花を摘んでくる」
「分かった。ゆっくりでいいからな」
アルは返事をせずに、手だけ上げると姿を消した。
俺は隣で横になっているライラの顔を見る。
姿だけ見れば、まだ幼い。
実際は、俺よりも年上だ。
種族ごとに姿格好も違うため、年功序列という概念がないに等しい。
実力主義に階級制度……優先されるべき順序が前世と違う。
「ん、んっ……」
ライラから声が漏れる。
寝言なのか、目を覚ましたのか分からない。
暫くすると、なにも言わなくなったので、夢でも見ているのだろうと思いながら、ライラを見続けていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――十数分後。
アルが戻ってきた。
手には、多くの花を抱えていた。
幾つもの場所を周ったのだろう。
それだけ、先代グランニールへの想いが強いのだと感じた。
「それだけあると、グランニールも喜ぶな」
「へへ、そうじゃろう」
本当に嬉しそうに笑うアル。
「なんなら、おれの【アイテムボックス】に入れるか?」
「大丈夫じゃ! 妾が最後まで持つのじゃ」
「そうか」
余計なお節介をしてしまった! と俺は思う。
自らの手で摘んだ花を、最後まで責任を持って届けたいと思うアルの気持ちに気付けなかった。
「あとで妾と、腕比べでもせぬか?」
「……別にいいぞ」
いつものアルとは違っていた。
アルなりに思うところがあるのだろう。
「とりあえず、花を供えてからだな」
「そうじゃな――ロッソの作った鎖も確認したいしの」
「そうだったな」
先代グランニールが暴れないように、ロッソが作った鎖。
対象である、先代グランニールを失った状態のままになっている。
近付くだけで攻撃をされる厄介な鎖だ。
この厄介な鎖から、先代グランニールを解き放つことができたプルガリス。
どのような方法を用いたのか、気になっていた。
「目を覚ましたようじゃな」
俺越しにライラを見ていたアルが、目を覚ましたライラに気付く。
目を覚ましたライラは一瞬、戸惑っていたが状況を把握すると、焦った顔で俺の顔を見た。
「お兄ちゃん、私――」
「あぁ、負けたよ」
「……そう」
「ソニックウルフの攻撃は覚えているか?」
「――ううん」
ライラは首を横に振る。
詳しく聞くが、ライラはソニックウルフの攻撃を目で追えなかったようだ。
悔しそうな表情をするライラ。
「相手が悪かっただけだ――」
「違う‼」
俺の話の途中でライラが叫ぶ。
「戦う相手なんて選べない。冒険者に、そんな言い訳はできない」
「たしかに、そうじゃな」
ライラの言い分は正しい。
励まそうと思って口にした言葉が、かえってライラを傷つけてしまった。
「ライラやアルの言うとおりだな……」
「まぁ、タクトもライラを元気づけようとしただけじゃろう」
アルがフォローしてくれた。
「ライラよ」
「はい?」
「何をそんなに焦っておるのじゃ?」
「えっ……」
アルはライラに質問をする。
俺とライラが前に話をしたことを、アルは知らない。
「無理をしても強くはならぬぞ。自分と向き合って、なにが足りていないのかを確認しなくては成長せんぞ‼」
「……」
「魔法詠唱が通用しない相手と戦えただけでも、収穫はあったじゃろう」
「はい……」
ソニックウルフとの戦いを思い出したのか、ライラは悔しい表情になる。
「まぁ、ソニックウルフほど素早く動ける魔物は、そうそういないじゃろう」
答えを見つけるのはライラなので、アルも詳しくは語らなかった――。
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