第833話 自分が犠牲になっても……!

 先程のマリーやフランと、同じような表情で俺の前に現れたムラサキとシキブの二人。

 俺にかける言葉が見つからないのだろう。

 仕方が無いので、俺から声をかけることにする。


「俺のことは思い出した? というより、俺との記憶は戻ったのか?」


 用件は、このことだろうから、回りくどいことはしない。


「あぁ、突然? いや、今迄の記憶が流れ込むように思い出した感じだ……」


 複雑な表情で話すムラサキ。

 その横で頷くシキブ。

 俺との接しかたが、どうしていいのか分からないのだろう。


「そうか。それ以外で用事はあるのか?」

「いや、とくに……」


 ムラサキやシキブが、俺に謝罪する必要はない。

 二人は、俺との記憶が戻ったことを伝えたかっただけなのだろう。


「おなかの子は順調か?」

「えぇ、おかげさまでね」


 シキブが、おなかを触りながら笑顔で応える。


「そうか、それなら安心だな」


 俺の言葉が終えると、しばらくの沈黙が続いた……。

 これ以上、俺から話をすることはない。

 さて、どうしたものか……。


「タクト、聞いてもいいか?」

「あぁ、なんだ?」


 ムラサキが俺に質問があるようだ。


「ユキノの王女を救ったとき、自分が犠牲にあると分かっていたのか?」

「……無償で生き返らせることは、できないと思っていた。その代償が、なにかまでは分からなかったが――」

「そうなのか……それで、タクトは後悔しなかったのか?」

「後悔? なぜ、後悔をする必要があるんだ?」

「なぜって! 今まで、仲が良かった奴ら全員が、お前のことを忘れるんだぞ‼」

「それくらいは、どうってことはない。俺にとっての最優先は、ユキノが生きて笑っていてくれることだ」


 ムラサキの質問に即答する俺だったが、ムラサキとシキブは言葉を失っていた。


「ムラサキだって、シキブや、おなかの子に何かあれば、自分の身を犠牲してでも助けようと思うだろう?」

「それは、そうだが……」

「当然、シキブだっておなじだろう?」

「えぇ……」

「それと同じだ。大事なものを守るのに理屈はいらない。自分の気持ちに正直になった結果だ」


 ムラサキとシキブは納得していた。

 多分、ムラサキは父親になることに、今まで経験していない恐怖を感じているのだろう。

 それは、シキブも同じだと思う。


「まぁ、これからも今まで通りに接してくれればいいからな」

「分かった」

「えぇ……」


 シキブの顔色が優れないように思えた。


「他にも悩みごとでもあるのか?」


 シキブがムラサキの顔を見る。

 その顔で、ムラサキはシキブの悩みごとが分かったようだ。


「実は、子供が出来たことを、シキブの両親に伝えたんだが、子供が生まれるまでの間、シキブの世話をするから暫く、一緒に暮らしたいと言ってきてだな――」

「ゴンド村のことは、話していないから私たちはジークにいると思っているのよ」


 話を聞き進めるうちに、シキブの両親も冒険者らしい。

 冒険者と言っても、半分引退しているようなもので、気ままに生活をしているそうだ。

 ムラサキの両親は、子供が生まれたら顔を見に来ると言っているので、早いか遅いかの問題だけだった。


「それに俺の妹が、両親に代わって様子を見に来るって言っているしな……」

「セイランちゃんね。この間、冒険者のランクAになったんだったわね」

「あぁ、セイランはシキブに憧れているからな。結婚式の記事を見て、結婚式に呼ばなかったことを今でも恨んでいるしな……」

「そうなのか……ムラサキは、他にも妹がいるのか?」

「いや、セイラン一人だが――どうしてだ?」

「なんとなく、聞いてみただけだ」


 思わず、ムラサキを見ながら、女装したムラサキを想像してしまった――。


「シキブの兄弟がいるのか?」

「私は、いないわよ」


 娘の初産だから心配するシキブの両親の気持ちも分からなくはない。

 ましてや、初孫のようだから、余計と心配なのだろう。


「その妹にも、ジークにいるって言っているのか?」

「ん? まぁ、その……そうだ」


 ムラサキやシキブが言えない事情も良く分かるのだか――。

 しかし、なにもしていないようなので、時間だけが過ぎているようだ。


「それで、ムラサキの妹が来るのは、いつなんだ?」

「多分、五日後くらいだな」

「まぁ、ジークにいるという嘘をつくか、正直にゴンド村にいるかを話すしかないな」


 どう判断するかは、俺じゃない。

 ムラサキとシキブの二人だ。

 もちろん、俺に協力できることがあれば、するつもりだが――。

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