第723話 天真爛漫!
フェンの案内で武闘会の会場となる場所を訪れた。
ユキノは明日、参加者が死闘を繰り広げる闘技場を、じっと見ていた。
俺は以前に比べて、観客席が大きく増えただけで、基本的には変わっていない印象を受けた。
「あまりにも変わり映えしないので、驚かれましたか?」
フェンがユキノに話し掛ける。
「いいえ、そうでは無いのです。やはり、私も以前に来た事があるのですね」
「はい」
「……私は、この場所に来るのは初めての筈なのに、何故か胸が熱くなるのです」
「そうですか。我が国の者達も、此処で起こった大事な事を忘れてしまっていますので、ユキノ様も同じなのでしょうね」
「大事な事とは?」
「それは私の口からは申し上げる事が出来ません。いずれ、分かる時が来るかも知れませんね」
「そうなのですね……あの、観覧席も案内して頂く事は可能ですか?」
「はい、勿論です」
フェンの話からも、記憶操作が上手くされていない事が分かった。
あの事件自体が、無かった事に書き換えられているようだ。
それも全てでなく、俺が絡んだ部分だけが都合よく書き換えられている。
「気を付けて下さい」
観覧席に案内してくれたフェンが、ユキノに注意を促す。
「ここは、以前と大きく変えておりません。闘技場との距離も同じです」
「そうですか……」
ユキノは観覧席の先端まで歩き始めた。
先程と同じように、闘技場をじっと見つめていた。
「何か気になる事でも御座いましたか?」
「いいえ、私自身も良く分からない感じです」
ユキノは笑って答えた。
その後も、先端を端から端まで歩いている。
俺達は無言でユキノを見ていた。
次の瞬間、俺達は目を疑った。
突然、ユキノが飛び降りた。
俺は【転移】で闘技場に移動して落下地点で、ユキノを受け止める。
「……死ぬ気か?」
「申し訳ありません。何故か、飛び降りたらタクト殿に、必ず受け止めて貰える気がしましたので」
ユキノは笑っていた。
自分の気持ちに正直に生きるユキノ。
今の行動は、俺がユキノにプロポーズした後にした行動だ。
ユキノを責める気持ちよりも、嬉しい気持ちが俺の中にはあった。
「本当にタクト殿に受け止めて頂いたので、予知能力でもあるようですね」
「王女として、そのような行動は止めてくれ」
「そうですね、申し訳ありません」
天真爛漫。
俺がユキノを見て、ずっと思っていた言葉だった。
「今回の事は、国王に報告するからな」
「えっ! 黙っていて貰えないでしょか?」
「駄目だ!」
ユキノは落ち込む。
「どうしても、駄目ですか?」
「何を言おうが、駄目なものは駄目だ!」
俺の言い方が強かったのか、ユキノは一層落ち込んでいた。
慌てたフェンが、シロとクロと一緒に駆け付けた。
「ユキノ様。一体、何をされているのですか!」
来賓で他国の王族でもあるユキノに万が一の事があれば、オーフェン帝国の過失が問われる。
フェンが慌てるのも仕方が無いだろう。
だが、フェンが慌てる演技をしている事は、此処に居るユキノ以外は分かっていた。
「まぁ、無事で何よりです。タクト様、有難う御座います」
「王女の護衛として当たり前の事だ」
俺は自分に与えられた職務を全うしただけだ。
「ユキノ様、他に見たい場所は御座いますか?」
「いいえ。色々と有難う御座いました」
ユキノはフェンに礼を言って、落ち込んだままのユキノと戻る事にした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何をしておるのだ!」
俺がルーカスに、ユキノが観覧席から飛び降りた報告をすると、ルーカスが激怒していた。
イースは驚きのあまり気を失いそうになっていた。
その後も、ルーカスの説教は続く。
俺達は無駄な時間を過ごす事になる。
「タクトは、何か心当たりはないのか?」
「いや、無い」
ユキノが、「絶対に俺が受け止めてくれる」と、言う事を言うのでルーカスが、俺に聞いて来た。
しかし、俺は一蹴する。
「はぁ~、ユキノも早く落ち着いて欲しいのだが……」
「私が自分で好きな人を見つけますのは、御父様も御存じですよね」
「分かっている。お前が、そういう事には頑固だという事もな……」
ルーカスの言葉に、ユキノは笑っていた。
「それで、気になっていた事っていうのは、分かったのか?」
「分かりませんでした」
「……そうか」
「でも、飛び降りた事は間違いでは無かったと言えます」
自信を持って答えるユキノに、掛ける言葉が誰も浮かんでこなかった。
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