第722話 記憶と心!

「では、明日の武闘会の成功を祝して、乾杯!」


 オーフェン帝国の皇帝トレディアの言葉で、前夜祭が始まった。

 参加者は、食事と会話を楽しんでいる。

 スタリオンも皇子として、前夜祭に参加していた。

 イエスタとファビアンは、場違いだと感じているのか、緊張しているのが良く分かる。

 声を掛けてやりたいが、ユキノの護衛という任務があるので出来ない。

 向こうも知り合いが居ないので時折、俺を見ているのが分かる。

 実力を確認する為に来た筈なのに、黒狐の件で呼ばれたりして大変だったろう。

 少しだけ、気の毒に感じた。


 俺はシロとクロの三人で、ユキノの警護をする。

 適度な距離を保ち、安全を確保する。

 思ったよりも難しい。

 ユキノには、楽しんで欲しいと思っているので、出来るだけ邪魔をしないつもりで居た。


 案の定、フェンがシロに絡んできた。

 シロは仕事中と、冷たく突き放す。


「フェン様。宜しいでしょうか?」


 シロにちょっかいを出しているフェンに、ユキノが声を掛けた。


「何でしょうか?」


 フェンも真面目な対応に戻り、返事をする。


「迷惑で無ければ、明日の武闘会が行われる会場を拝見させて頂けませんでしょうか?」

「明日になれば、存分に見られますが、どうしてでしょうか?」

「その……言葉では伝え辛いのですが、何か大事な物を置き忘れている気がするのです」


 俺はユキノの言葉に表情を変えなかった。

 それはシロとクロ、フェンも同じだった。

 

「分かりました。この後、優勝候補の参加者紹介があります。その後に、私が案内させて頂きます」

「有難う御座います。それと、タクト様もエルドラード王国代表として紹介させて頂きますので、そのつもりで」

「分かった」


 他の者に案内をさせずに、フェン自ら案内をしてくれるのも、俺に気を使ってくれているのだろう。


 フェンはユキノと会話を続ける。

 エルドラード王国での暮らし等を色々と聞いていた。

 久しぶりに笑顔のユキノを近くから見た。

 当たり前の笑顔が、今は手の届かない所にあるのだと感じた。


「御話し中、失礼致します。フェン様、そろそろ御時間です」

「そうか。もう、そんな時間か」


 フェンは、武闘会参加者の紹介時間だと俺達に告げてトレディアの方へと歩いて行った。


「少し、雰囲気が変わったか?」

「そうですね。御主人様の事を気になさっていましたから……」

「そうなのか?」

「はい。私も彼女も孤独は知っています。しかし、孤独に戻る事への苦しさを自分に置き換えたのかも知れません」


 シロはフェンの方を見ながら、答えてくれた。



 司会者が、武闘会の参加者を紹介する。

 最初は皇子でもあるスタリオン。

 それに続いて、何人もの参加者が入口で一礼してから、部屋に入りスタリオンの横へと並び、再度一礼した。

 全員を紹介出来ないので、選ばれた参加者なのは間違いない。

 全員で五人程だ。


「クロ。この間、言っていた王女の姿は無いな?」

「そのようですね。やはり、女性という事が起因しているのでしょう」


 俺が言っているのは、冒険者レグナムに師事している王女のローレーンの事だ。

 今回の舞踏会で興味を持っている参加者の一人だっただけに、残念だった。


「続いて武闘会優勝者との親善試合をされます、エルドラード王国から御越し頂いたタクト様です」


 俺が紹介される。

 シロとクロに、ユキノの事を任せて、他の参加者が居る場所へと移動する。

 明らかに、俺に対して攻撃的な目を向ける者や、人間族だと思い馬鹿にした目で見る者等様々だ。

 俺は視線を無視しながら、末席に立つ。


 参加者を代表して、スタリオンが挨拶をした。

 流石、皇子だけあるのと絶対に負けないという自信なんだろうか、他の参加者達を圧倒する話しぶりだった。

 前回、俺に負けて自信喪失していたスタリオンと、同一人物だとは思えなかった。

 もっとも、それ以前の傲慢なスタリオンとも違うので、俺的には丁度良い感じなのでは? と思いスタリオンの話を聞いていた。


 スタリオンの挨拶が終わると、参加者は退場していく。

 俺は、ユキノの所へと戻った。


 最後にトレディアが締めの言葉を述べて、前夜祭は終了する。

 あとは親睦を深める歓談になる。


 ユキノは、ルーカス達にフェンの案内で、一足先に会場を見て来る事を伝えて許可を得る。


「では、行きますか?」


 話が終わったと確認したフェンが、ユキノに声を掛ける。


「はい、宜しく御願い致します」


 いつも通り、ユキノは笑顔で答えた。

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