第713話 過去の呪縛!

「お待たせしました」

「もういいのか?」

「はい」


 すっきりした顔をしたステラが戻って来た。

 気持ちの整理が出来たようだ。


「お聞きしたい事があります」

「何だ?」

「黒狐の集落を探索した際に、金色の毛を見かけませんでしたか?」

「金色の毛?」


 俺の記憶には無かったので、クロにも聞いてみる。

 クロも、そのような物を見た覚えがないと答える。


「そうですか、有難う御座います」

「その、金色の毛がどうかしたのか?」

「この村の宝でしたので、聞いただけです」

「そうか……重要な物なら探してみるぞ」

「いいえ、結構です。忘れて下さい」


 ステラの言葉が気になるが……。


「では、ラウさんの所までお願いします」

「分かった」

「場所は、御存じですよね?」

「あぁ、何回か行った事がある。と言っても、向こうは誰も覚えていないだろうがな」

「……一つ聞いてもいいですか?」

「あぁ、いいぞ」

「貴方は、自分が忘れられた事を、悲しいと思わないのですか?」

「そうだな。悲しいというよりも寂しいの方が、表現として正しいな」

「寂しい?」

「あぁ、お互いを信用して、築き上げた関係を知っているのは俺だけだ。向こうからすれば、記憶がある俺の事を不審に思い、前のような関係が難しくなるかも知れないからな」

「そうですね」

「まぁ、考えても仕方が無いからな。俺との記憶がなくなったからと言って、大きく人生が変わる訳でもない。ステラだって、俺との記憶が無くたって支障は無いだろう」

「……それは、比較出来ませんので、答えが難しいですね」

「そういう事だ。答えられない事を、何時迄も考えても時間の無駄だ」

「貴方は強いのですね」

「どうだろうな」


 ステラの問いに答える俺は嘘を付いていた。

 正直に言えば、知り合いに会うのが怖い。

 初対面の俺に対する反応に慣れないからだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「御無沙汰してます」


 ステラは、ラウ爺に挨拶をする。

 俺は少し後ろに立つ。


「どうしたんだ。何か、あったのか?」

「いいえ、今日は報告があって来ました」

「そうか。立ち話もなんだし、家に案内する。後ろの男性は?」

「冒険者のタクトです。彼も成り行き上、同行してもらってます」

「ステラ。お前、もしかして……」


 ステラはラウ爺の言葉の意味が分からなかったのか、少し考えると顔を赤らめる。


「違います。そういう意味の報告では、ありません」

「そうか。それはそれで、少し残念だな」


 ラウ爺は俺がステラの恋人か婚約者だと、勘違いしたのだろう。

 まぁ、報告と言われて異性を連れて来れば、そう思われても仕方が無い。


「タクト殿は、この集落は初めてですかな?」

「いや、何度も訪れている。と言っても、誰も覚えていないだろうがな」

「どういう事ですかな?」

「何でもない。忘れてくれ」

「あっ、はい」

「ラウさん。タクトは、信じられないような【呪詛】に掛かっているのです。嘘だと思いますが、その事も含めて、後で御話しします」


 ラウ爺は不思議そうな顔をしていた。



 ラウ爺の家に着き、話を始める。


「それで、話と言うのは?」

「黒狐についてです」


 ラウ爺の表情が険しくなる。


「何を考えている」

「もう終わりました」

「終わった?」

「はい。このタクトと二人で、黒狐を全滅させました」

「何の冗談だ? 相手はあの、黒狐だぞ! たった、二人で全滅させられる筈無いだろう」

「失礼。正確には二人と、二匹です」


 ステラが俺に目線を送るので、シロとクロを呼ぶ。

 突然、出現したシロとクロにラウ爺は驚き、警戒する。


「大丈夫です。彼等はタクトの従える者達です」


 シロとクロが自己紹介をすると、いつも通りの反応が返ってくる。


「タクトも私と同じ、冒険者ランクSSSです。しかし、実力で言えば彼の方が、格段に上です」

「ステラよりも格段上だと!」

「はい。信じられないかも知れませんが、事実です。それより、話を戻して良いですか?」

「そうだったな。詳しく聞かせてくれ」


 ステラは、黒狐との戦闘について、ラウ爺に説明する。

 時折、信じられない表情をするラウ爺だったが、ステラの言葉に嘘が無いと思っているのか、疑う事はしなかった。


「そうか……それで、気は晴れたか?」

「分かりません。しかし、過去の呪縛からは解放出来たと思ってます。」

「そうか、ステラがそう思うのであれば、何も言う事は無い」

「今迄、有難う御座いました」

「何もしていないのに、礼を言われるのも変な気分だな」


 ラウ爺は笑っていた。

 ステラがラウ爺に、礼を言ったのは自分なりのケジメなのかも知れない。


 帰り際、俺はラウ爺に、森への感謝を忘れていないかと質問をする。

 里の者達は、朝晩と欠かさずエリーヌとオリヴィアに感謝の祈りを捧げていると答えてくれた。

 そして、森でも必要以上に討伐したり、野獣を捕獲したりはしていないとも教えてくれた。

 ラウ爺は俺が何故、そんな質問をしたのか気になっていたようだった。

 俺の事を忘れても、エリーヌへの祈りや、森等の自然に感謝する心を忘れていない事が確認出来ただけでも嬉しかった。

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