第707話 偏見!

 ステラの頼みで、ステラが生まれ育った村に来た。

 そう、黒狐に襲われた村だ。

 村と言っても廃村と化している。

 崩れ落ちた家屋と、伸びきった草。長い間、誰の出入りも無かったのだろう。

 ステラは、ゆっくりと歩いては、何かを思い出すように周りを見ていた。

 この場所は、例え荒れ放題となっていようが、ステラにとって大切な場所である事には変わらない。


 俺はステラには、村には入らずに待っている事を告げる。

 ステラも、俺が気を使っている事が分かっているのか頷いた。


 念の為、周囲の警戒とクロを気付かれないように、ステラの護衛にあたらせる。

 長い間、ここに来る決心が無かったのか、黒狐を滅ぼすまでは、この地に足を踏み入れないと決めていたのかは、俺には分からない。

 俺には女心が分からないので、出来るだけ一人にしてあげた方が良いと勝手に判断した。


 今回の魔人化の事件は、何らかの方法で魔人が王都や各領地を襲撃したと、正式に発表された。

 同時に、防衛都市ジークの魔人襲撃から救ったのも、魔人だと発表された。

 この事で、魔族間でも派閥争いが起こっていると、面白おかしく騒ぐ者も現れる。

 所詮は噂だが、魔族が一枚岩で無い事が国民に知れ渡っただけでも、国民の意識が変わってくる。

 良いか悪いかは別として、それなりの効果があった筈だ。

 ルーカスも少女達の正体が、アルとネロだと気付いていたので、御忍びでゴンド村に行き直接、二人に感謝の言葉を伝えたそうだ。

 二人の答えは「俺に怒られるから助けた」と、素っ気無いものだったらしい。

 アルとネロも、自分達の事が新聞記事になった事は嬉しかったようで、もっと良い格好で撮られれば良かったと、二人でポーズの練習をしていたと、ルーカスから聞いた。


 しかし何故、黒狐人族が突然、魔人化したかだ。

 第三者により暴走した事は【全知全能】に聞いて分かっている。

 シャレーゼ国で、【変化】のスキルを使い人間族に化けて生活していた元黒狐だった黒狐人族は、魔人化せずに死んだ。

 魔素の強制注入に体が耐え切れなかったと、俺は推測する。

 これがプルガリスの実験の一つだとすれば、誰でも強制的に魔人化させる事が出来る。

 それも、本人の意思に関係無く、破壊行動のみの魔人としてだ。

 これが狐人族限定なのか、他の人族でも同様なのかは分からない。

 質問の内容が的確でない為、【全知全能】も答える事が出来ない。


「ただいま、戻りました」

「思ったよりも、遅かったな」


 シロが、オーフェン帝国のフェンに、シャレーゼ国への武闘会の招待状を書いてもらって戻って来た。


「まぁ、色々とありましたので……招待状は、ネイラート様に御渡しして来ました」

「……簡単に渡せたか?」

「はい。お食事中に、他の方に気付かれないように、招待状を机の上に置くと、すぐに確認されました」

「流石、シロだな。それで、オーフェン帝国の状況は、どうだった?」


 俺がシロを、オーフェン帝国に向かわせた理由は、招待状を書いて貰う事ともう一つ、魔人化した事件による被害状況等を確認する為だ。


「はい。オーフェン帝国は、思ったよりも深刻です」


 シロの話だと、オーフェン帝国では、狐人族として生活していた黒狐人族が、魔人化した様子を多くの者が目撃していた。

 彼等の目には狐人族が魔人化したとしか、映っていない。

 魔人の討伐にも、思うように行かなかったのか、各所での被害が大きかったそうだ。

 問題は魔人化した種族が、全て狐人族だとオーフェン帝国内で噂が広まっていた事だ。

 この事により、狐人族は偏見の目で見られるようになる。

 オーフェン帝国の皇帝であるトレディアも、頭を悩ましているそうだ。

 目撃者が多数居る為、皇帝が事実を否定する事は出来ない。

 例え、狐人族への偏見を止めろと言っても、国民には意味の無い事だ。

 狐人族は、獅子人族や虎人族等に比べて力が弱く、魔法で対抗している。

 その為、実力主義のオーフェン帝国でも『卑怯者』と陰口を叩かれる事があったそうだ。

 その状況で、今回の事件が起きた。

 狐人族への風当たりが強くなるのも、当然だろう。


「それで、良い案でもあったのか?」

「特に無いみたいですが、一部の人達が狐人族は、魔族では無いかと噂をしていると聞きました」

「飛躍した解釈だな」

「私も、そう思います」


 しかし、人々の考えが変われば人族から魔族に変わる事がある。

 それはアル達、龍人族が過去に経験している。

 人族が魔族になるような事だけは、どうしても避けなければならない。

 この事実は、ルーカスとトレディアには伝えておいたほうが良いだろう。

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