第699話 情と掟!
クレメンテは俺達の為に、湯を沸かして飲み物の準備をしてくれている。
俺達の目の前に飲み物が運ばれると、奥の部屋からパトレシアが現れた。
テオドラを寝かしつけたので、戻って来たのだろう。
「どうぞ、召し上がって下さい。毒等は入っていませんので安心して下さい」
クレメンテは、初めて笑顔を見せる。
「私達が、此処に来た理由を聞かないのですか?」
「想像は出来ます。黒狐ですよね」
「えぇ、貴方達が黒狐を抜けようとしている事も知っています」
「賢者様に捕まるほうが、黒狐の刺客に殺されるよりは、マシかも知れません」
「そうですか……私の村は黒狐に滅ぼされて、私は村で唯一の生き残りです。黒狐は全員同じ目に会わせるつもりです」
ステラは強い口調でクレメンテに話す。
「……仕方ありません。自分達がした事に対しての報いですから」
「私も同意です」
クレメンテとパトレシアは、覚悟を決めていたようだ。
「娘さんは、貴方達が黒狐だと知っているのですか?」
「テオドラは狐人族ですが、私達の娘では有りません。それに、パトレシアとも夫婦では有りません」
クレメンテとパトレシアは、お互いに好意は持ってはいるが正式な夫婦では無いらしい。
パトレシアが諜報員として潜入していた時の、潜入先の子供だ。
潜入先は、中規模な商会を経営していた代表の家で、パトレシアは使用人として働いていた。
奴隷で無く使用人なのには理由があり、他の商会代表からの紹介だからだ。
その商会は、黒狐に依頼をしてパトレシアの潜入した商会を潰して、自分の商会が市場を乗っ取ろうとしていたのだ。
長い期間、潜入していた為かパトレシアは潜入先に家族に情が移ってしまう。
屋敷の構造や常駐している人数、財産を隠している部屋や、外出する行動等を全て報告した。
そして決行日が決まる。
パトレシアは悩む。
そして、代表家族の命だけでも守ろうとして、嘘の情報を流して家族達だけ外出するように仕向けた。
しかし、パトレシアの行動は、黒狐にばれていた。
パトレシアが聞かされた決行日は嘘で、実際は前日が決行日だった。
決行日、異変に気付いたパトレシアだったが、既に屋敷内には使用人達の死体が転がっていた。
パトレシアは急いで代表家族の所へと移動する。
「旦那様!」
パトレシアが到着した時には、代表と妻は殺されていた。
そして、娘のテオドラは気を失っているのか、倒れた状態で殺されようとしていた。
考えるより先に体が反応して、テオドラを殺そうとしていた仲間の黒狐からテオドラを守ってしまう。
「やはり、裏切るつもりか」
「……」
仲間の問いに対して、パトレシアは無言を貫く。
「まぁ、いい。俺達の目的は、この家の者を全て殺す事だ。パトレシア、お前も例外では無い」
この家の者が全員殺されているのに、使用人の一人が行方不明だと分かれば、容疑者もしくは、重要参考人と言う事で全国にパトレシアの捜索が始まる。
だからこそ、ここで他の使用人同様に殺しておく必要がある。
それはパトレシアも薄々気が付いていた。
任務の為なら、仕方が無いとパトレシアは覚悟していた。
しかし今は、組織に背いてでも残されたテオドラを助ける気でいる。
戦闘力では、流石に調査員のパトレシアには分が無かった。
テオドラを助けながらなので、余計に動きが制限される。
このままでは、テオドラを助ける事が出来ずに自分の命が尽きてしまうと、パトレシアは思う。
戦闘に気付いた黒狐の仲間がやって来る。
「クレメンテか!」
絶体絶命のパトレシア。
しかし、駆け付けたクレメンテは、パトレシアを攻撃していた仲間を一瞬で殺害する。
クレメンテは黒狐でも、かなり戦闘力を誇っている兵の一人だ。
助けられたパトレシアは何故、クレメンテが仲間を殺害したか分かっていない。
「その子供を助ける為に、組織を裏切るのか?」
「結果的には、そうなるわね」
「……そうか」
クレメンテは倒した仲間から強化薬の入った袋を奪う。
「俺も一緒に闘ってやる」
「えっ!」
パトレシアはクレメンテの言っている事が、理解出来なかった。
もしかしたら、自分を油断させる為の罠ではないかと……。
「早く逃げるぞ!」
クレメンテは、パトレシアとテオドラを連れて逃げようとする。
「待って!」
パトレシアは、壁にある発光石が仕込まれた棒を右や左に回転させる。
次の瞬間、壁だった場所が開き、隠し通路が現れた。
「此処から、脱出出来るわ」
パトレシアの言葉に従い、壁に出来た隠し通路に入る。
隠し通路に入ると、パトレシアは通路の横にある棒を下に引くと、壁が閉まる。
「急ぎましょう」
クレメンテは、パトレシアからテオドラを受取ろうとするが、パトレシアはクレメンテにテオドラを渡す事は無かった。
クレメンテとパトレシアの二人は隠し通路を、ひたすら走り続けた。
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