第616話 猪突猛進!

 俺は何もせずに座ったままでいる。

 先程倒した者達が、俺を見張っていた。

 明らかに苦しそうだったので、倒れていた者達にも【神の癒し】を施したので、戦闘前よりも元気になっている。

 彼等も俺のお陰で、元気を取り戻したので複雑な表情だ。

 顔色も良くなったが、他人から強奪するような人相には見えない。

 人相だけで言えば、俺の方が悪人面だとも思う。


 じっとしているのも、思った以上に暇だ。

 酸素不足なのか、大きな欠伸をする。

 すると一瞬、地面が揺れた気がした。


「ん?」


 徐々に地響きは大きくなる。


「や、奴だ!」


 俺を見張っていた奴等の顔が引きつる。


「……魔物か?」


 俺も警戒する。


 枯れた木が倒され、低い唸り声と大きな体が遠くからでもよく分かった。

 グレートボアだと思い、攻撃を仕掛けようとしたが何か違う。

 よく見ると体や牙の大きさや、毛並みなどがグレートボアとは異なる。

 通常よりも成長した大きな猪だった。

 しかも後ろには十数匹の猪を引き連れている。


「くそっ!」


 男達は諦めるかのように、言葉を吐き捨てた。

 ……もしかして、魔獣で無く猪にも勝てないのだろうか?


 戦意喪失している男達を見下すように、リーダー格の猪が唸り声をあげると、一斉に襲い掛かって来た。


「うわぁぁぁっ!」


 猪の大群に襲われるのを、必死で逃げようとしていたが男達は見えない壁に阻まれて逃走する事が出来ないでいた。

 俺が【結界】を張って、男達の安全を確保したからだ。

 助ける義理は無い。

 しかし何故だか分からないが、この男達が可哀想に思えていた。


 俺はリーダー格の猪を挑発する。

 馬鹿にした身振りと、【念話】で罵声を浴びせた。

 猪突猛進! まさにこの言葉通りだろう。

 俺に向かって、一直線に向かってきた。


「危ない!」


 俺が殺されると思った男達の一人が叫ぶ。

 しかし、俺は猪の牙を右手で掴み、突進を止めた。


「恨みは無いが、自然の摂理だと思ってくれ」


 俺は猪に向かい話す。

 【念話】では無いので、猪は俺が何を言ったか分かっていないだろう。

 首下に左手を突き刺すと、猪は大きな鳴き声を上げて絶命した。

 リーダーである猪が殺された事で、他の猪達は危険と感じたのか、散り散りに逃走する。


「食料が手に入ったな」


 俺は【解体】を使い、部位毎に分ける。

 【結界】で身動きが出来ない男達は驚いていたが、それよりも俺が解体した猪の肉を、じっと見ていた。

 樹に手を当てて、樹精霊ドライアドが居ないかを一応、確認するが何の返答もない。

 樹精霊ドライアドが居ないと判断する。

 シロとクロに手伝って貰い、木の枝を集めて【火球】で火を点ける。

 男達の目の前で、塩をかけて肉を焼く。

 羨ましそうに俺の焼く肉を見ていた。

 肉を焼く良い匂いに男達の腹から、空腹を知らせる音が鳴り始める。


「食べるか?」

「食べる!」


 先程、毒で倒れていた子供が誰よりも先に叫ぶ。

 俺自身、自分で食べるつもりで焼いたわけでは無いので、【アイテムボックス】から、水の入った器を出して、【結界】を解く。

 子供達は走って、我先にと肉を食べようとする。


「好きなだけ食べればいい。俺は逃げないから安心しろ」


 それだけ言うと俺は肉から離れて座り込む。

 子供達が、美味しそうに食べる姿に大人達も我慢の限界なのか、肉を食べ始める。

 泣きながら食べる者も居る。

 小国であるシャレーゼ国は、エルドラード王国やオーフェン帝国と活発に貿易をしていない。

 基本、自国での生産に拘っていると聞いている。

 人間族以外を認めないからこそ、獣人族が作った物等は否定しているのだろう。


「おい、坊主!」


 俺は少年に声を掛けて、リンゴに似た果物を放り投げる。

 少年は訳が分からないまま、両手で受け取る。


「甘いぞ、食え」


 俺は笑顔で話す。

 同じ果物を数個、目に付く子供に投げる。

 【命中率自動補正】のスキルがあるせいか、必ず子供の元に届く。

 半信半疑で食べる子供達は、一口食べると「甘い!」と言って、夢中で果物を食べ始めた。


 大人達には酒も出そうかと思ったが、酔っぱらう者が居ると面倒なので止める。

 少年の一人が半分食べると、服の中に仕舞った。

 あとで食べるつもりか、もしくは……


「おいっ!」


 俺は見張りをしていた男達を呼ぶが、食べるのに必死で気付いて貰えない。

 よく見れば全員が男性だ。

 盗賊と思えば違和感は無いが、狩りに出ていると考えれば待っている者が居るという事だ。

 俺はこの隙に逃げる事だって出来る。

 食べるのに必死で、誰も俺を見張っていないという事はあり得ない。

 食うに困った村人が食材探しの途中で、俺を見つけて襲ったと考えるのが普通だろう。



 仕方が無いので、服に半分食べた果物を仕舞った少年を手招きして呼ぶが、警戒されているので近くには寄って来なかった。


「その服の中の果物は、誰かにあげるのか?」

「……」


 少年は答えなかった。

 余計な事は喋らないつもりなのだろう。

 自分の一言が、どれだけ他人に迷惑をかけるか分かっているようだ。


「ほらっ」


 俺は少年に果物を投げる。


「それを待っている奴にあげろ。お前も、もっと食べたいんだろう」


 俺はそう言うと、少年から目線を外す。

 子供達を見ていると、四葉孤児院の子供達と重なって見えてしまい、俺自身が辛かった。

 もう、あの子達とも触れ合う事さえ出来ないと、改めて感じた瞬間だった。

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