第576話 地獄絵図!
ゴブリン一体とはいえ、力の差は歴然だった。
ゴブリンの持っていた剣は刃毀れしているのか、致命傷を与える事が出来る攻撃でも、マチオ達を殺す事は出来なかった。
最初にベラサージが倒される。
死んではいない。戦闘不能になっただけだ。
目が腫れている為、視野が狭い事が災いしたのだろう。
マチオとショーシアも逃げ回る事しか出来ないでいた。
逃げている途中に何度か、自分の両親を見て助けを求めていたが、両親は自分の子だと思っていないのか、逃げ回る我が子を笑っていた。
「きゃっ!」
ショーシアが躓いて転ぶ。
しかし、ゴブリンは転んで倒れているショーシアを無視して、マチオを追いかけていた。
まず、邪魔な奴を殺してから、ショーシアと楽しむ魂胆なのだろう。
背中を何度も剣で斬られながら逃げ続けていたが、数分で体力の限界なのか逃げる速度が遅くなる。
当然、ゴブリンもその機会を逃す訳が無いので、マチオに剣を突き刺す。
マチオは口から血を吐き、その場に倒れこむ。
俺が【神眼】で見る限り、致命傷では無い。
死ぬには、もっと深い攻撃を与える必要がある。
失血死だとしても、暫く時間が掛かるだろう。
その間も、マチオは痛みを感じているだろうが……。
邪魔者が居なくなったので、ゴブリンはショーシアに近付き、服を引き裂く。
観客席から「待ってました!」と言わんばかりの声があがる。
ショーシアは小便を漏らしながら、泣き叫んでいた。
(この辺が限界だな)
俺は【風刃】で、ショーシアを犯そうとしていたゴブリンの首を切断する。
頭が無くなった首から血が噴き出て、シャワーのように襲われていたショーシアに降りかかる。
切断された頭は地面に落ちて転がる。
何が起こったか分からない闘技場内は、静まり返る。
すかさず、マチオとベラサージを抱き上げると【神の癒し】で傷を癒して、ショーシアの近くに移動させた。
そして、【転送】を使いエランノットが持っていた調教の腕輪を手に入れて【隠蔽】を施して、他人から隠す。
エランノットは調教の腕輪が、俺に盗られた事に気が付いていない。
次に、観客席を守っていた結界石を全て取り除く。
これで、今迄安全圏内であった観客席にも攻撃する事が出来る。
俺的には、最初に封魔石を間引いた個所に攻撃されて観客に被害が出る事を期待していたが、上手くいかなかった。
(これで自由に動けるだろう)
魔獣を縛りつけていた契約を変更して、自由に行動が出来るようにする。
しかし、魔獣達は俺の制御下にある。
行動制限は一つだけ「意図的に人族を殺さない事」。
制限をしたとしても、死人が出ない訳では無いと思うが、最小限にしたいと考えた。
クロには魔獣を閉じ込めていた柵を破壊して貰っているので、そろそろ此処に登場するだろう。
最初に登場したのはソニックタイガーだった。
観客席に飛び込み前足で、観客を吹き飛ばしていた。
すぐに悲鳴があがり、出口から逃げようとするが俺の【結界】で逃げられない。
至る場所から「助けてくれ」と叫ぶ声が聞こえる。
さっきまで同じ事をされていた者達を笑って、馬鹿にしていた筈なのに何故だと思っている者達が多数だろう。
奴隷達が流す血は笑い、自分達が流す血には泣き叫ぶ。
俺はその光景を眺めながら、「滑稽だな」と呟き笑う。
そして、自分が少し壊れているのかも知れないと自覚する。
ショーシア達は目の前で自分の知っていた者達が、魔獣に襲われる光景を呆然と眺めている。
自分達の怪我が治っている事すら、気が付いていないかも知れない。
俺は自分でも非道な行いをしていると思っているが、因果応報だと割り切っている。
待機していた冒険者達によって、魔獣達も傷を負うが連携も取れていないランクBでは太刀打ち出来る相手では無い。
今回、登場させる予定だった他の魔獣達も居るので、魔獣達に敵う筈もない。
開放した魔獣の中で、冒険者達が退治出来たのは、アルミラージ二体だけだった。
地獄絵図。
そう表現するのが、一番正しい。
俺は【飛行】で空に上がると、【隠密】を解いて大声で叫ぶ。
「助けて欲しいか?」
逃げながらも、俺の声に反応を示す。
しかし服装や体格等から、俺が今日最初に殺された奴隷だと分かると、先程とは別の悲鳴があがる。
当たり前だ。
数時間前に目の前で死んだ奴が、いきなり空に現れるのだから、幽霊の類だと思ったのだろう。
「お前の仕業か!」
数人の貴族達は俺を怒鳴りつける。
「……助けて欲しくないんだな」
俺はそのまま上に、少しずつ上がっていく。
「助けてくれ!」
俺に命乞いをする者達は、俺を怒鳴りつけた奴に暴力を振るっていた。
奴等にすれば今、俺が何者だろうが関係ない。この現状から自分が助かれば良い。
此処から助かる可能性を潰した奴が、怒りの矛先になるのは当然のことだ。
誰もが「助けてくれ」と叫ぶ。
「条件として、闇闘技場の事や、不正売買等を正直に話すのであれば助けてやる」
命が欲しい奴等ばかりなので誰もが「約束する」と言う。
この言葉も俺は信用していないが、貴重な証言者という事も事実だ。
当然、全員をこの場で殺してしまう事も出来る。
しかし、それは事件を闇に葬る事になり、奴隷制度の根本的な問題が解決しないと思う。
俺は調教の腕輪で魔獣達の動きを止める。
そして、面倒だったが全員に【真偽制裁】を掛ける。
「どういう事だ!」
魔獣達の動かない事を確認した観客達は、主催者であるエランノットの所へ集まっていた。
エランノットは、「事故だ」「知らない」「分からない」を繰り返してばかりだった。
「そもそも、お前は誰だ!」
エランノットが俺を指差す。
返答に困ったエランノットが、上空の俺を指差す。
「誰でも良いだろう。どうせ御前達、全員神の裁きを受けるからな」
「何を言っている私達が誰だか知らないだろう」
「あぁ、知らないな。俺はお前達に【呪詛】を掛けた。人族の法で裁かれないなら、俺が裁くだけだ。嘘を言う者はあの世に連れて行くように言われているだけだからな」
「何を馬鹿な事を」
いつもの事だが、誰も俺の言葉を信用していない。
ついさっき、魔獣を止めて助けてやった事さえも忘れているのだろうか?
それよりも、助けた奴等誰一人として、俺に礼の言葉が無い。
期待していた訳では無いが、俺の普通だと思っている事が通じないのだと、改めて知った。
「そうだな……。この闇闘技場で、法に反した事をしているだろう」
皆が馬鹿にしたように答えない。
数秒後に至る所で、叫ぶ声があがる。
返答しなければ、それだけで【真偽制裁】が発動する。
「だから言っただろう【呪詛】だって」
「そんな……」
逆らっても無駄だと分かったのか騒ぐのを止める。
騒ぎも収まったので、俺は地上に降りた。
「死ね!」
背後からザボーグが斬りかかって来たが、殺気を消していないので斬りかかる前から分かっていた。
俺は剣を避けて、ザボーグの首を掴む。
「悪かった。離してくれ」
ザボーグが謝罪を口にすると同時に、胸に大きな傷が現れて、血が飛び出した。
首を掴まれて殺されるかも知れないのに、嘘を吐くザボーグには感心をする。
俺はザボーグを見て笑い、ザボーグを投げる。
ザボーグの体は、反対側まで吹っ飛んで行く。
「因みに、冒険者ギルドも商人ギルドに居る奴等にも、お前達と同じ【呪詛】を掛けている。もし、助けを期待しているのであれば無駄だ」
抵抗しても無駄だと分かったのか、抵抗する者は居なかった。
俺は嘘を証言等をされないように、冒険者ギルド会館と商人ギルド会館でも、その場に居る全員に【真偽制裁】を施す事を決める。
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