第539話 冒険者最後の日!

「冒険者として、この会館に入るのも、これが最後なのよね……」


 シキブは感慨深そうな表情で、冒険者ギルド会館を見ていたのが印象的だった。

 今日はシキブがギルマスそして、冒険者を引退する日だった。

 ムラサキはサブマスを退き、一人の冒険者に戻り暫く活動を続ける。


 今日、冒険者ギルド会館内では、シキブとイリアの引退イベントが行われる。

 発案したのは、トグルとユカリだった。

 普通であれば、事務的に変わるだけだが、世話になった事をどうしても伝えたいと俺に相談してきたので、結婚式のように関係者だけで集まってすれば良いと助言はした。

 別に隠してすることでもないので、最後の日に少しだけ時間を貰える様にシキブとイリアに頼むだけで良い。

 当然、シキブもイリアも断る事はしないと確信はあった。


 新しくこの街のギルマスに就任した狼人族のルーノが代表して、シキブとイリアに労いと感謝の言葉を掛ける。

 受付嬢のユカリは、二人に花束を渡す。

 その光景を見て、目に涙を浮かべる冒険者や受付嬢も居た。

 ユカリも花束を渡す時に、うっすらと涙目になっていた。

 イリアは冒険者から受付に変わった経歴の為、冒険者の立場をよく理解していたので、恐れながらも慕われていた。

 そのイリアの後継者と言う立場で、受付長を引き継いだプレッシャーもあるのだろう。

 世話になった者達は一人一人が、シキブやイリアの元に訪れて礼を言っていた。

 笑い、時には怒り、そして涙ぐむ。

 それぞれの冒険者達との間に、色々な思い出があるのだろう。


 俺はその光景を見ていたが、人望と言うか人との繋がりは大事だという事を再認識させられた。

 慕われるうちに身を引くというのも、良いものだとも感じる。


 最後にシキブとイリアが挨拶をする。

 集まった皆が、真剣に挨拶を聞く。


 イリアは冒険者時代から、受付嬢になり受付長までなった事を話した。

 そして、受付長として冒険者に向かって最後の言葉を言う。


「受付に迷惑を掛けない冒険者でいて下さい」


 その言葉は聞いた冒険者や受付嬢の数人が、俺の方を向いた。

 俺はその視線に気が付いたが、無視をする。

 続けてシキブが、ギルマスとして最後の挨拶を始めた。

 結婚式で素晴らしい挨拶をした事を知っているので、それなりに期待をしていた。

 しかし、シキブの口から出た言葉は、自分の都合でギルマスを辞める事への謝罪だった。

 誰もが辞めるシキブを咎める事等は無いが、シキブ自身納得いく形で引退をしたいのだろう。

 挨拶の終盤は、自分を支えてくれた冒険者や受付嬢への感謝の言葉を述べる。

 そして、新しくギルマスに就任するルーノに対しても、自分よりも頼りになるギルマスのなるからと、頼むように話しをしていた。

 時折、言葉に詰まっていたのは、話しながら思い出す事もあったのだろう。


「最後に……今迄、本当に有難う御座いました」


 シキブは御辞儀をして顔を上げると、完全に泣き顔と化していた。

 俺は誰よりも先に拍手をする。

 続けて、冒険者や受付嬢達も拍手をする。

 遠くに居るムラサキは目頭を押さえて俯いていたので、泣いているのを隠そうとしていたのだろう。


 ジーク領冒険者ギルドの一つの歴史が終わった瞬間でもあった。

 明日からはギルマスのルーノを筆頭に新しい歴史が刻まれるのだろう。

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