第498話 良心の呵責!

魅惑の森を出る頃には、ロスナイの叫ぶ声は聞こえなくなっていた。

樹に手を触れると、リラが話しかけてきた。


(さっきの人だけど、狼の群れに襲われて亡くなりましたわ)

(そうか、わざわざ教えてくれたのか。悪かったな)

(いえいえ、タクト様の事ですから狼の群れが周りにいた事位、知っていたのでしょう)

(まぁな。俺達が居なくなれば腹をすかせた狼達に襲われるのは想像出来た)

(装飾品や所持品はどうしましょうか?)

(珍しい物でもあったのか?)

(そうですね。首から鍵のような物が二つ掛かっていました)

(……一応、それら全て俺に送ってくれるか?)

(分かりました。森の出口にある樹の穴に入れておきます。場所はすぐに分かると思います)

(ありがとうな)


 首から大事に掛けていた鍵が気になった。

 何処かに入る為の物か、大事な物を仕舞っている鍵か……。

 直感的に、今後必要な物だと感じた。

 ロスナイも最後は、人では無いが狼の役に立って死ねたのだ。

 この事をダンガロイやフリーゼに伝えるか迷ったが、いずれ復讐されるという恐怖心があるといけないので、伝える事にした。


「ロスナイが狼の群れに襲われて死んだぞ」


 突然の報告に全員が驚く。

 何故、俺がそれを知ったのか聞く者も居なかったが、その事についてはロスナイの死に比べれば大した事では無いのだろう。


「分かった」


 ルーカスが、小さな声で一言話す。

 他の者は誰も言葉を発する事は無かった。


「良心の呵責にでも苛まれているのか?」


 あまりに重い空気だったので、ルーカス達に聞いてみる。


「いや、そういう訳では無い。狼に食べられようが、王都で死刑になろうが結果は同じだ」


 ルーカスは俺が思っている以上に、割り切っている様子だ。

 問題はダンガロイだろう。


「そっちは違うようだな」


 ダンガロイにしてみれば、実弟が死んだ事実は変わらない。それが憎い弟だとしてもだ。

 簡単に割り切れる事は無いとは思いながらも、答えを出すのは自分自身なのだから余計な事は言わない事にした。


「こんな時に何ですが、義兄上に御願いが御座います」

「なんでしょうか?」

「ナーブブルの領地についてです。新しい領主が決まるまで、義兄上に御願い出来ませんでしょうか?」


 確かに、ロスナイは大量殺人の疑いを掛けられて逃亡している為、新しい領主を任命する必要がある。

 しかし、事態が事態なだけに鎮静化するまで、領主不在は避けたいルーカスの意図は読めた。

 さほど、遠くも無くロスナイと兄弟という事も踏まえた上で、ダンガロイに頼んだのだろう。


「……有難い申し出ですが、暫く考える時間を頂きたいと思います」


 ダンガロイは即答せずに、改めて返事をする旨をルーカスに伝える。

 自分の領地の事や、安請け合いしてナーブブルの民に迷惑を掛ける事を危惧しているのだろう。

 一時の感情に左右されず、慎重に事を進めるのは感心する。


「勿論です」


 ルーカスも、この場で返事が貰えるとは思っていないようだ。

 良い返事を貰える期待はしているようだが……。


「しかし、躊躇うことなく剣を突きさしたり、切ったりする度胸が羨ましいです」


 ダンガロイは俺の行動を羨ましいと言ってきた。

 もしかしたら、俺を冷酷な男だと思っているのかも知れない。

 エリーヌに転生させられてこの世界に来て、これまでも方法は違えど何人かを殺して来た。

 人を殺す事に関して何も思わなくなった訳では無い。

 ただし、前世のように人殺しに関して、重罪という意識も無くなってきているのも事実だ。

 この世界に順応してきたという事なのか?


「度胸と言うよりは、決意に近いものだな」


 適当に思い付いた言葉で、ダンガロイに言葉を返す。


「私には、その決意が足りなかった。いえ、無かったという事ですか……」

「人殺しを繰り返せば、段々と感覚が麻痺する。ロスナイもそうだったように、俺も近いものがあるのだろう。俺はそれを決意だと綺麗事を言っただけで、結果だけ見ればロスナイと大差は無い」

「しかし!」


 ダンガロイは異論があるのか、少し大きな声を上げる。


「まぁ、どんな事情があるにしろ、人を殺さないに越した事はないだろう」

「確かにそうですが……」

「ゆっくりと落ち着いて考えれば良いと思うぞ。焦っても良い答えは出ないし、急いで答えを出す必要も無いだろう」


 俺はダンガロイに笑顔で話すが、笑顔が返ってくる事は無かった。

 気が付かれないように、森の出口でリラから教えて貰った場所で、ロスナイの遺品を手に入れた。

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