第354話 無茶振り!

 出された食事は全て素晴らしく美味しいものばかりだった。

 気になったのは、幾つかの料理に根菜が使われていた事だ。

 以前に、俺の分かる範囲で王国総料理長のビアーノに教えたのが既に広まっているのかと感心した。

 最後にデザートらしく果物が運ばれてきた。

 その列の最後にビアーノがいる。

 ルーカスやダウザー達に感想を聞いていた。

 表情からして、満足いく料理だった事は分かる。

 ビアーノは、俺の所まで来て同じように感想を聞くが「旨かった」というと安心した表情を浮かべた。


「総料理長は、タクト殿に料理を出す事知ってから、ずっと不安がっていましたからね」


 アスランが横から話しかける。


「俺より、国王達に毎日作っている方が緊張するだろうに」

「それとこれとは別です。新しい発想で料理をするタクトさんに、食べて頂くとなると緊張してしまいますよ」

「根菜を料理に使ってくれてて嬉しかったぞ」

「有難う御座います。それで、ルンデンブルク家の料理人達が、タクトさんにお会いしたいと申しているのですが……」

「俺に会っても何も無いぞ」

「いいえ、根菜もそうですがマヨネーズというアレンジしやすいソースを開発した方を一目みたいと言っております」

「まぁ、別にいいぞ。今からか?」

「いえ、お食事が終わってからで結構です」

「分かった。終わったら厨房に行く」

「有難う御座います」


 今回の料理は、ビアーノが幾つか見本を作り、それをルンデンブルク家の料理人達と相談しながら作ったと、ダウザーが教えてくれた。

 因みに、ビアーノを選定したのはユキノだったそうだ。


「何故、ビアーノに頼んだんだ?」

「はい、タクト様の新しい料理を一番理解していたのが総料理長だと思いましたので、推薦しました」


 俺が思っていたよりも大した理由では無かった。

 ダウザーにトイレの場所を聞くと、一緒に言ってくれると言うので、仲良くトイレまで行く。

 用を済まして帰りの廊下でダウザーが、クニックスの件で進展があったと報告を受ける。


「クニックスかどうか分からないが、ソルデ村の辺りで六本腕の魔物が発見されている。近くに老人らしき人物も一緒に居ると報告があった」

「その老人がクニックスなのか?」

「いや、分からない」


 クニックスは、人体実験で精神が崩壊していると【全知全能】が言っていた。

 もしかして、治ったのか? それとも六本腕の魔物がクニックスなのか?

 それとも全く別の魔物か?


「とりあえず、明日にでもソルデ村に向かってみる。従業員達には、ダウザーから急な用事だと言っておいてくれるか?」

「分かった。悪いが頼む」


 何事も無かったかのように、部屋に戻る。

 時間も遅い為か、眠くなったミクルや、ザックとタイラー達は既に部屋に戻ったそうだ。

 リベラはザックとタイラーの付き添いで、一緒に宿に戻った。

 トグルは、ロキと稽古をしたいと申し出る。

 護衛任務中のロキだが、ルーカスが了承してくれたので外で稽古をしているそうだ。

 本当にトグルは稽古好きだと思うが、強くなれない自分への焦りの裏返しなのかも知れない。

 ザックとタイラーが胸を張って師匠と言える存在になりたいのだろう。


 ルーカス達に「料理人に挨拶してくる」と言って、シロと部屋を出る。

 後ろにはユキノが居る。


「タクト様は、厨房の場所ご存じないかと思いまして、御案内致します」


 今回は理由があって着いて来たようだ。

 ユキノに案内されて、厨房まで来た。

 料理人達は、ユキノの姿を見ると御辞儀を始める。


「頭を上げて下さい」


 いつも通りの優しい口調で料理人達に語りかける。


「タクトさん、わざわざスイマセン」

「気にするな。旨い料理を食べさせて貰った礼だ」


 ビアーノは嬉しそうに笑う。

 料理人達に向かって、俺の事を紹介するが既に一度話しているので、詳しい事は省かれていた。

 新しい調理法の確立や、根菜の発見それに、超入手困難な食材の調達等を自分の事のようにビアーノは話している。

 俺自身の事だが、聞いていて恥ずかしくなる。

 料理人達は、それを真剣に聞いている。

 ビアーノの熱弁が終わると拍手が起きる。

 張り切って話をしたビアーノは、息を切らしていた。


「厨房の中を見学してもいいか?」


 ビアーノは、ここの料理長に確認を取るが断る理由が無いとの事で、簡単に承諾を貰えた。

 俺の後ろにユキノとシロ、ビアーノと続きその後ろに料理人達。

 大きな病院の偉い医者の回診を思わせるような状況だ。


「これ、粗目か?」

「粗目? 粗目糖ですが、良くご存知ですね」

「珍しいのか?」

「はい、これを削って料理に使用したりしていますので、この状態で粗目糖と分かるのは、一流の料理人くらいです」


 粗目があるのなら、綿菓子を作る事が出来る。

 高校の時に、地元で行われる祭りの屋台で綿菓子を作った際に、原理を聞いた事があり簡単過ぎてビックリした覚えがある。

 中央で、粗目糖を温めて液体化にして、遠心力で外に飛ばした際に風で固体に戻すだけだ。


「少し、売ってもらっていいか?」

「そんな、タクトさんなら無料で持っていって下さい」

「いや、流石にそれは……」


 粗目糖の価値も分からないので、簡単に貰うわけにはいかない。


「それでは、タクトさんに此処にあるものを使って料理をして頂けませんでしょうか?」

「えっ!」


 俺が驚くのと同時に、拍手が起こる。

 別に俺は料理人じゃないし、粗目糖を売ってくれれば良いだけなのだが……とても断れる雰囲気ではない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る