第318話 子の心、親知らず!

 俺はルリに連絡を取り、夜に店へ行く事と今回の件を伝えて協力してもらうように頼む。

 ルリは、店主であるシュカと相談してから折り返し連絡を貰う事にした。

 暫くして、ルリから「協力する」と連絡が入る。

 料金は別途と言われたが、そこは大きな問題では無い。

 開店前にマリーと一緒に『ベリーズ』に入る。

 マリーには、ルリから衣装を借りて着替えて貰う。


「……どういう事?」


 困惑するマリーに「ここで暫く待っていろ」と伝えて、ルリにマリーの相手を頼む。

 俺は一旦、店の外に出てマリーの父親が来るのを待つ。

 開店時間と同時に、マリーの父親が姿を現した。

 上機嫌な様子からも、既に酔っぱらっているのが分かる。

 客引きの女性達と言葉を交わすと、店の中に入って行った。

 後を追うように、俺も店に入る。

 マリーの父親の会話が聞こえる席に案内される。

 ルリがマリーを連れて来て、俺の隣に座らせた。

 マリーから父親の席は後ろになるので、会話しか聞こえない。

 父親からは、マリーの後姿しか見えない。

 酒を呑みながら、マリーを見ると真っ青な顔をしている。


「大丈夫か?」

「……えぇ」


 そう答えるのが精一杯なのだろう。

 後ろの席では、『ブライダル・リーフ』は俺の娘やら、ルンデンブルク家とも懇意な仲だとかを、接客している女性達に自慢をしている。

 マリーは下を向き、唇を一文字に結んでいる。両手の拳は力一杯握られていた。

 マリーの父親はそれからもお気に入りの女性をひたすら口説いていた。

 当然、マリーが自分の娘でそれなりの力を持っている事を誇示している。

 お気に入りだと思われる女性は丁重に誘いを断るが、断られた父親は腹を立てたのか立ち上がり、


「俺がその気になれば、ルンデンブルク卿に頼んで、この店を潰す事だって出来るんだぞ!」


 大声で叫ぶ。

 入口の用心棒の男が動こうとしたが、ルリがそれを止める。

 それを見たマリーの父親は、用心棒が怖気着いたと思ったのか、威勢よく大声で話し始めた。


「俺には幾らでも金貨があるんだぞ、文句があればいつでも『ブライダル・リーフ』が相手になるぞ!」


 言い終わると同時に、マリーの父親の顔に酒が掛けられた。


「何をする! 今の言葉聞いていなかったのか!」


 マリーの父親は激高して、酒をかけた女性を見る。


「もう、やめて!」

「……マリーか?」


 怒りを堪えているのか、涙を堪えているのか分らない表情のマリーに気が付く。


「えっ、いやこれはだな……」


 必死で言い訳を始めようとする。


 マリーの横で俺が立ち上がり、マリーと同じように顔に向けて酒をかける


「お前、なにするんだ!」

「それは、こっちの台詞だ」

「隣のマリーは、私の娘であの『ブライダル・リーフ』の店主だぞ。お前のような奴が隣にいていい女じゃないんだ!」


 大声で怒鳴り散らす。


「お父さん、この人は四葉商会の代表のタクトよ。『ブライダル・リーフ』は、四葉商会のひとつに過ぎないの。私はタクトに雇われて店主をしているのよ」

「えっ……」


 マリーの説明で事情が分かったのか驚いている。


「そ、そうでしたか。それは、失礼致しました」


 急に態度を変えて、平謝りをしてきた。


「ところで、タクトさん。我が娘マリーは気立ても良く美人です。奥様にはうってつけだと思いますが、どうですか?」

「お父さん!」


 この発言にマリーが大声で叫ぶ。


「……タクト、ごめんなさい。これ以上、迷惑掛けれないから私、店を辞める」

「本気で『ブライダル・リーフ』を辞めるのか?」

「えぇ、本気よ。冗談でこんな事、言わないわ。」


 マリーは、自分のせいだと思っているのか、悲しそうに決意の固さを俺に伝えた。


「お父さん、私も協力するからふたりで頑張りましょう」


 マリーが父親に手を出す。


「何を言っている。お前があの店の店主だと分かったから、遠くからわざわざ来てやったのに、あの店の店主で無いなら意味無いだろう! この親不孝者が!」


 思いもよらない言葉を言われたマリーは、差し出した手もそのままに呆然としていた。

 流石に俺もこの発言には我慢出来なかったが、俺より先に父親の顔を平手でルリが叩いた。


「御客様。本日のお代は結構ですのでお帰り下さい」

「……なんだと!」


 抵抗しようとする父親に、用心棒の男達が押さえつけて強制的に店の外に放り出した。


「ルリ、悪かったな」

「良いわよ。私も頭に来たし、私達にだって御客を選ぶ権利はあるから。それよりも……」


 ルリは、マリーの方を心配そうに見ていた。

 父親に裏切られたショックが大きいのだろう。座り込んで、床の一点をじっと見ていた。


「あとで正式に謝罪に来るが今日は、このまま帰らせて貰うがいいか?」

「気にしなくていいわよ。お代も今度でいいから」

「悪いな」


 リラと女性達に礼を言うと、マリーを抱えて店の外に出る。

 路地裏に行き、マリーを降ろすが力が入らないのか、その場で座り込む。

 まだ、放心状態のようだ。


「マリー!」


 大声で名前を呼ぶ。


「……あっ、タクト」


 小さな声で俺の名を呼び、立ち上がろうとするが倒れそうになるので、手を貸す。


「少しだけ、泣いていい」

「背中くらい貸してやるし、周りにも聞こえないようにしてやるから、思う存分に泣けばいい」


 マリーに背を向けて、【隠密】で泣いているマリーの姿を見られないようにする。

 大声で泣くマリーに背中を貸す事しか出来ない。

 父親に裏切られる気持ちは、俺には想像出来ないし、それがどれ位ショックな事かも理解出来ない。

 マリーの気分が落ち着くまで、ぼんやりと光る街灯を見ながら、時間が過ぎるのを待つことにした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 泣き疲れたマリーを部屋まで送ると、フランが扉の前で待っていた。

 マリーはフランに「ゴメンね」と一言だけ言って部屋に入って行った。

 フランも俺に詳しく話を聞かないが、マリーの状況からある程度は察したのかも知れない。


「おやすみ」


 フランも元気の無い感じだった。


 俺はクロを一旦呼び寄せて、マリーの父親の探すように頼むと、すぐに場所が分かった。

 通りに座り込んで、自棄酒を呑んでいるそうなので、その場所に移動する。


「よぉ!」


 座り込んでいるマリーの父親を見下ろすように声を掛ける。


「……んあぁ」


 機嫌悪そうに俺を睨むが、相手が俺だと分かると、ひたすら謝り「マリーを嫁に!」と懲りずに言っていた。


「これは忠告だ。酔っぱらっていたから忘れていたとしても通用しない。今後、俺やマリーの前に姿を現すな」


 久しぶりに殺気を込めて言葉を発する。


「次に見かけたら、問答無用でお前を死んだ方が良いと思う程、拷問してから殺すからな!」


 マリーの父親は、一気に酔いが冷めたのか、


「すいません。もう金輪際、娘の前には姿を現しません」


 額を地面に擦り付けて、俺と目線を合わせないように話す。

 金貨の入った袋を目の前に置く。


「これは餞別だ。これで真面目に働いて暮らせ。決して、呑み代に使うなよ!」

「は、はい」


 正直、マリーの父親が更生するとは考えていない。

 只、俺の一存でマリーから父親を引き離してしまう事には変わりない。

 せめて、当面の生活に困らない位の金貨を与える位しか、思いつかなかった。

 俺が勝手に納得したい為だけの行動だ。


「父親なら、娘を悲しませるような事はするな」


 それだけ言うと、マリーの父親が金貨の入った袋を受け取ったかも確認せずに、その場を去った。

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