第289話 妥協!

「タクトさん、すいませんでした」


 玄関で待っていたサーシャが、俺達に気が付くと駆け寄ってきて頭を下げた。


「こっちこそ、遅くなって悪かったな」

「いいえ、タクトさんと一緒とフランさんから聞いてましたので、安心はしてました」


 サーシャの声で、背中の子供が目を覚ます。


「コパス君!」


 コパスと呼ばれた少年は、眠たそうな目でサーシャを見る。

 迷子になった事を忘れて夢の世界から戻って来ていない様子だ。

 背中からコパスを下ろすと、サーシャが抱き着いていた。

 その瞬間、自分がさっきまで迷子になっていた事に気が付き、サーシャに抱かれたまま泣き始めた。

 後ろから隠れているが、他の子供達が居る。

 小さいながらも、他の子を気遣う優しさを持っている子供達を見ると、心が温かくなる。

 こういう子供達に、明るい未来が待っていてもらいたい。


「サーシャ、中に入って貰いなさい」


 玄関から、責任者でサーシャの父親であるサジが出てきて声を掛けた。


「久しぶり! 困った事は無いか?」

「はい、新しい孤児院の打合せで時間が取れない事が困った事くらいですね」

「それは、俺でもどうしようもないな」

「はい、自分で何とかするしか無いです」


 確かに疲れが溜まっているのか、やつれた感じがする。


「後ろの御嬢様は、初めてお会いしますよね?」

「はい、ユキノと申します」

「何もない汚い所ですが、どうぞ上がって下さい」


 ここでもユキノは王女と名乗らなかった。意図的に名乗らないのだろうと、この時感じた。

 もしかして、王女と名乗ると相手に気を遣わせるからなのか?


 孤児院の中に入る前に、サジに対して【回復】と【治療】を黙って掛けておく。


「打合せの際は、ちゃんと言いたい事は言っているか?」

「はい、一応要望は伝えてますが、予算ありきの事ですので……」

「それは、予算が無いから妥協している事があるって事か?」

「えぇ、まぁそうですね」


 サジは苦笑いしている。


 後では、サーシャが今迄の経緯をユキノに話しているのが、聞こえてくる。

 ユキノが変な反応をしていないか、心配だった。


 応接室に案内され座るが、子供達がこちらを覗き込んでいるので手招きして呼ぶ。

 笑顔で寄って来るが、子供達はユキノの方にしか行かない。

子供と動物は見た目で判断しないと思っていただけに、寂しい気持ちになる。


「ユキノ殿は、なんというか母性が強いと言いますか、包まれるようなおおらかな方ですな」


 子供達に囲まれているユキノを見て、サジはユキノの印象を口にしていた。


「頭の中が、子供と一緒なのかも知れないけどな」

「タクト様! そんなことありません」


 俺の冗談にすぐ返してきた。


「そういえば、ミランダの件ありがとうな」

「そんな、こちらこそありがとうございます」


 ミランダは働くようになってから、生き生きとしていると嬉しそうにサジは話をする。


「まだ、遊びながらでもやりたい事を見つければいいだけだ。無理に仕事をする必要は無い」

「そうですね。ただ、ミランダは働いて得た金貨を私達に渡すのです。勿論、使ったりはしてませんのでご安心下さい」

「ミランダは優しい子だな」

「はい」


 そう答えるサジの顔は、本当に嬉しそうだった。

 サーシャが飲み物を出すと、その後子供達を追い払うように別の部屋へと移動していった。


 子供達が居なくなると、サジから服の仕立ての件や、孤児院移設の件で改めて礼を言われる。


「もしかして、先程の方が言われていた仕立て屋のが忙しい理由って……」

「あぁ、俺が孤児院の子供達の服を仕立てた事が理由だ」

「タクト様は、本当に素晴らしいです!」


 ユキノが俺に純粋な目で見つめてくる。

 そんなユキノを無視してサジと話を進める。

 まず、新しい孤児院の計画図というか間取りを見せてもらう。

 サジから予算の都合で諦めた項目を聞くが、確かに予算オーバーだ。

 広い敷地の為、建築費が予想以上に掛かるのだろう。

 しかし、サジが今迄自分の事を二の次にして、孤児院の事を考えてきた上で要求した項目が、予算の都合で諦めなくてはいけないと言うのは悲しい。


「ちょっと待っててくれ」


 リロイに【交信】で連絡を取る。


「タクト、久しぶりですね。 オーク討伐、ご苦労様でした」

「おぉ、久しぶり。実は孤児院の事で相談がある」

「えっ! なにか不備でもありましたか?」

「いや、俺の我儘だと思ってくれれば良い。実は建設にあたり予算不足で、諦めた項目が幾つかあるのは知っているか?」

「いえ、聞いておりません」

「そうだろうな、リロイ達には責任は無いのだが、どうしても必要な物なので四葉商会がその分、追加で金を出すからなんとかしてくれないか?」

「そんな、申し訳ないです。予算ならもう少し考えてみます」

「予算といっても無限にある訳じゃないだろう。他の所から調達すれば、色々と問題が出てくるんじゃないのか?」

「確かにそうですが、これ以上タクトに甘えるのも、申し訳ないですし……」

「気にするな。いつか、俺が困ったら助けてくれればいいから」

「分かりました。担当の大臣には、私からも連絡しておきます」

「頼むぞ!」

「ところでタクトは今、ジークに居るのですか?」

「あぁ、一旦戻って来ている」

「そうですか、時間があれば屋敷に寄って下さい」

「問題事か?」

「いえ、ネロ様から報告があったので、お礼をと思いまして」


 ネロからの報告? リロイの両親を陥れた、偽勇者の末裔の事か。


「連れがもうひとり居るけど、いいか?」

「えぇ、構いませんよ」

「分かった。孤児院の後に寄るから、宜しくな」

「はい、お待ちしております」


 リロイとの【交信】を切る。


「サジ、欲しいと思うものは諦めなくていい。俺がその分の金貨を支払うから安心しろ」

「しかし、それではタクト殿の負担が、土地も提供頂いた上に追加で……」

「サジが諦めた事で子供達が怪我をしたりすれば、サジは自分を責める事になるだろう。俺はサジとサーシャには、ひとりでも多くの子供達の面倒を見て欲しい」

「ありがたい事ですが、御期待に添えるか難しいですな」

「ミランダや他の子供達を見ても、良い子に育っているから大丈夫だろう」

「ありがとうございます」

「理想の孤児院を作ってくれよ」

「はい」


 横からユキノの視線を感じていたが気が付かない振りをする。

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