第272話 考え方と評価!

 店に入ると、フロア担当のフィデックが俺を見つけると、駆け寄って来た。


「タクトさん、お久しぶりですね」

「あぁ、なかなか来れずに、すまないな」

「いえいえ、気にしないで下さい」

「ガイルは暇そうか?」

「そうですね、御客さんも少なくなってきたので、手は空いていると思いますが呼んで来ましょうか?」

「頼めるか、俺達はそこのテーブルに座っている。とりあえず、人数分の酒を頼む」

「はい、分かりました」


 フィデックは厨房の方へ走って行った。


「本当に大衆酒場なんだな!」


 ビアーノは、かって同じ店で切磋琢磨したライバルが、このような店にいるのが複雑な気分のようだ。


「タクト、久しぶりだな!」


 俺に陽気な挨拶をしていたガイルが、ビアーノを見ると動きを止めた。


「……なんで、王国総料理長様が、こんな寂れた店に居るんだ?」

「ガイルの店が見たいと言うので、俺が連れて来た」

「……久しぶりだな、ガイル」


 ふたりとも緊張しているのか、仲が悪いのか分らないが険悪な感じだ。


「お前等、ここでは落ち着いて話も出来ないから、カウンターに移動してくれ」


 ガイルの指示でカウンターへと移動をする。

 ロイドからしたら、ガイルの第一印象は決して良くないだろう。

 カウンターに座ると、フィデックが酒を出してくれた。

 改めて、乾杯をする。

 フィデックに注文を聞かれるので、いつも通り「お任せで!」と頼んだ。


 街に戻って来きた冒険者達が、何人も店に入って来る。

 なかにはカウンターまで、わざわざガイルに挨拶をする冒険者もいる。

 調理しながら、ガイルも挨拶を返していた。


 料理を食べ終わり、出て行く時にも厨房のガイルに聞こえるように、帰る事や料理の礼を伝える者もいた。

 そんな様子をビアーノは、何も言わずに見ていた。


 フィデックが、扉に閉店の札を掛けようとしていた。

 いつもよりも、一時間以上早い。


「もう、閉店なのか?」


 戻って来たフィデックに尋ねる。


「はい、ガイルさんが今日はもう閉めると言われたので」


 食材が無くなった訳でもないだろう。俺達が来店した事が理由だとしか考えられなかった。

 俺達以外の客への料理が全て出ると、ガイルは両手に料理を持って俺達の前まで来る。

 フィデックが「おやすみなさい」と挨拶をするので、「おやすみ」と返す。


「待たせたな」

「こっちこそ、閉店時間を早めて、すまなかったな」

「……食材が無くなっただけだ」


 俺達に対するガイルの優しい嘘だろう。

 出された料理をビアーノは、一口食べるが何も言わないし表情も変えない。

 一口食べては酒を飲み、また食べるを繰り返していた。


「……腕は落ちていないな。相変わらず旨いな」


 酒が無くなると同時に、ガイルの料理への感想を言う。


「王国総料理長様から、お褒めの言葉を頂くとは、嬉しい事だ」

「この店が、お前の目指していた店なのか?」

「あぁ、理想に近いな。俺の料理を旨そうに食べる奴や、味付けに文句をいう奴。食べた奴達は、俺の料理に対して評価をしてくれる。不味いと言われたら、次に来た時には旨いと言わせてやるとも思うしな」


 そうビアーノに話すガイルの顔は、生き生きとしていた。

 酒も呑んでいるので、少し酔っているのも関係しているかもしれない。


「それに冒険者達が俺の料理を食べると、生きて帰ってこれたと実感すると言われると嬉しくてな!」


 嬉しそうに話すガイルを、真剣な顔で見ている。


「俺の料理は、お前が料理を出している国王様達のような地位の人達には、口に合わないだろうがな」

「そんな事ありませんよ。とても美味しいです」


 ガイルの言葉に、ユキノが反応する。


「……お嬢ちゃん、どこかで見た事のある顔だな? 店に来たことあったか?」


 当たり前の話だが、ユキノが第一王女だとは気付いていない。


「ガイル、自分の国の王女様の顔くらいは覚えておけ」

「はぁ?」


 ビアーノが正体をバラすが、ガイルは意味が分かっていない様子なので、俺からユキノとロイドについて説明をする。

 俺の説明が終わると、酔いが一気に冷めたのか、カウンターから飛び出してユキノに跪いて謝罪をしている。

 ユキノは「気にしないで下さい」と言うと、続けて「お忍びですので御内密に!」と笑う。


 俺はガイルに「食べてみてくれ」とロイドの料理を出す。

 一口食べると、ロイドの方を見てる。


「基本は出来ているし、味も全体的に整っている。ただ、食べた時の衝撃が無いな。ちょっと待っていろ」


 ガイルは厨房の奥に行き、ロイドの料理に赤い粉末を掛けた物を持ってきた。


「調味料を一つ足した。赤い粉末は、見た目を意識している」


 小分けして食べるが、以前のロイドの料理に比べて、格段に旨くなっている。

 ロイドも衝撃を受けていた。

 ビアーノは、ガイルが料理に何を足したかが分かったようで「成程!」と感心していた。


「お前さんが、来てくれるのは店としては大歓迎だが、所詮は冒険者相手の店だ。お前の腕なら、そこら辺にあるそこそこ有名な店でも通用するぞ!」


 ガイルは、ロイドの腕を認めつつも料理人として、より条件の良い店でも働ける実力がある事を、ロイドに伝えた。

 ロイドの将来も考えたガイルなりの優しさだろう。


「ありがとうございます。しかし、私の理想とする店は、この店のように食べる人の笑顔が見れる店です。御迷惑でなければ、こちらでお世話にならせて頂きたいと思います」


 ロイドは、自分の評価の礼と、ここで働きたい意思をガイルに告げる。

 ガイルは「俺は厳しいから、途中で嫌になっても知らないからな!」と、恥ずかしそうに返した。

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