第270話 慢心!
厨房には、まだビアーノと料理人達が、料理の研究をしていた。
熱中しているのか、厨房の前にいる俺達に誰も気が付かない。
「おーい!」
このまま、何分も放置される可能性もあったので、気付いてもらえるように叫んだ。
「これはユキノ様にタクト様、どうされましたか?」
とりあえず『スノーボア』と『ワイルドターキー』を出して、食材の提供をした。
伝説級の食材が出てきた事に、ビアーノや料理人達は驚いていた。
「スノーボアは、この王女からの提供だ。 ワイルドターキーは鑑定士のターセルからだ」
「元は、タクト様の食材でしたのよ! それとユキノです!」
……いや、俺の食材でも無い。 アルとネロが持ってきた景品だ。
たしかに、立て替えた金貨の代わりだとも言ってはいたが……
それよりも、早速呼び方を訂正してきた。
「そうだったな、悪かったユキノ」
「はい、タクト様」
俺達の会話を聞いたビアーノは驚いている。
「もしかして、ユキノ様とタクト様は御婚約されたのですか?」
……たしかに、経緯を知らなければ、そう考える者達もいるかも知れない。
「もう、料理長ったら婚約なんて、恥ずかしいじゃありませんか」
顔を真っ赤にしながら、上目遣いで俺を見ている。
「そうだ、婚約などしていない。 経緯は、そのうち報告があると思う」
俺が否定すると、ユキノは残念そうにしていたが気にせずに、ビアーノと話を進める。
「そちらの方々は?」
初見の三人について尋ねるので、シロとクロは俺の仲間で、ロイドはジークにある飲食店に紹介するついでに、こちらに寄った事を伝える。
「なにか極秘な物とかが、あったりするのか?」
「いえ、一応部外者立ち入り禁止なのですが、ユキノ様と同行されていたのでロイド様は、てっきり新しい料理人かと思いました」
「そうか、腕があればここでも働けるのか?」
「はい、信用ある方からの紹介状と、私の試験に合格する事が条件になります」
「ロイド、試しに受けてみるか?」
ロイドは、顔を左右に大きく振り「私の腕では、到底合格出来ない」と焦って返事をする。
「そうか? まぁ、俺はガイルの店で働いていて貰わないと困るから、断ってくれて助かったぞ」
「タクト様、今ガイルと申されましたか?」
「そうだ、ジークのギルド会館内にある飲食店の店主だ」
それから、ビアーノはガイルの特徴を細かく聞いて来た。
「……そうでしたか、そんな所にいたのですね」
なにやら、さっきまで温厚だったビアーノから、気迫みたいなものが溢れ出ている。
「ガイルと知り合いなのか?」
「はい、奴とは王都では有名な店で同期の料理人でした。 お互い切磋琢磨して、その店で次期副料理長を決める時に突然、奴は辞退をして店も辞めたのです」
「理由は聞いたのか?」
「はい、何でも食事をする人の顔が見えないとか、高ければ旨いなどと味も分らない奴に、これ以上俺の料理は出したくないと言ってました」
ガイルが言いそうな言葉だと思った。
「なんなら、ビアーノも今からガイルの店に、一緒に行くか?」
「行きたいのはやまやまですが、何日も厨房を留守にする訳にはいきません」
「料理長、大丈夫ですよ。 今晩には行って帰って来れます」
ユキノが、転移魔法の事を話すので、【念話】で「それは秘密だ」と伝えると俺の方を見て、目を輝かせていた。
「ユキノの話は、無視してくれていい。 ガイルに会いたいなら俺の話が終わったら、着替えてくれればガイルに会えるから安心しろ」
ビアーノは、話の内容が分らないが、了解してくれた。
『コカトリスの卵』を出して、これを大人数で食べれるように調理してくれるように頼む。
国王には俺から頼んでおくと言うが、ユキノが大丈夫と言ってくれた。
それから、『ポテトサラダ』『ポテトチップス』『おでん』を出して、料理人達に食べさせる。
未知な料理に、ビアーノ達料理人は興味津々だ。
「タクト様、これはいったい何ですか!」
【アイテムボックス】から、大根とジャガイモを出す。
「……この雑草が何か?」
「今、食べていた食材だ」
料理人達は驚きの声を上げる。
俺は、根菜の説明を料理人達に話し始めると、すぐにメモを取り始めた。
俺の分かる範囲での質問にも答えたが、まだ根菜を理解出来ていないので、むやみに食べると毒がある物もあると注意だけはしておく。
「頭をハンマーで叩かれたような衝撃です。 根を食べるという発想自体がありませんでした……」
「気付いたのなら、その食材をいかに美味しく調理するかを考えるのが料理人だろ。 これから旨い料理を作ればいいだけの事だ」
「……たしかに仰る通りですが私自身、自分でも気づかない間に努力を怠っていたのかも知れません」
ビアーノは自分が慢心していた事に気付き、落ち込んでいる。
「それと、作り方を知りたいなら、俺への『様』付けは禁止だ。 呼び捨てか、さん付けのみ許す」
「しかし、王家のお知り合いの方をそのように呼ぶことは……」
「あぁ、それなら心配するな。 俺は国王達とは無関係だ。 依頼されている件が終われば、ここに来ることも無いだろう」
「えっ、そうなのですか!」
「用事も無いのに、平民が城に来ないだろう?」
俺の言葉にユキノが、酷く落ち込んでいる。
「まぁ、そういう訳だから平民に様付けしなくても、問題無いぞ」
いきなり呼び方を変更するのは難しいとは思うので、徐々にでいいので変更してくれるように頼むと、料理人達は了承してくれた。
「おでんは煮込めば、味が染み込むから出来るだけ火にかけてくれ。 沸騰させたらダメだぞ!」
「ポテトチップスは、油の温度が大事だから、丁度良い温度を見つけてみてくれ」
「ポテトサラダは、色々と具材を混ぜても旨いから、試してみると面白いぞ」
それぞれの料理に対する調理方法と注意点等を説明する。
料理人達は、一言も聞き逃さないように真剣にメモを取っていた。
俺が説明している姿の後ろで、ロイドはそんな料理人達の姿を見ていた。
【アイテムボックス】から、筆記用具を出して「これをやる」とロイドに渡す。
ロイドは断るが、王都の料理人達に影響を受けているのは明らかだったので、「彼らと同じ料理人なのだから、メモくらい取るべきだぞ!」と言うと、礼を言い嬉しそうに今まで聞いていた事などを書き始めた。
一通り、説明も終わったのでロイドの料理を出して感想を聞いてみる。
ロイドは自分の料理が出されるなんて思っていないので、緊張している。
それぞれの料理人が、思った事を口にしているが内容は同じような感じだった。
家庭料理としては合格だが、ここで出すには塩が多めなのか味が濃いそうだ。
部下の料理人達の感想を聞いていたビアーノが、その意見に反論をする。
「多分、彼は冒険者や労働者向けの料理しかしていないのだろう。 彼らは汗を非常にかくから、これ位が丁度良いのだろう」
流石、料理長だけあって的確な意見だ。
料理人達も、ビアーノの言葉をメモしている。
ロイドは、ビアーノが自分の料理が間違いないと言ってくれた事が嬉しいようだ。
ビアーノは着替えてくるというので、俺達も厨房の外に出て待つことにする。
ロイドに感想を聞いてみると、このような場所を見学出来た事に感謝をされる。
只、自分の目指しているのは高級料理では無いので、同じ料理でも自分には出来ないと感想を言っていた。
「俺はロイドの味付けが好きだから、変に変えるなよ」
「大丈夫です。 とは言えませんが美味しくなるように変えるかもしれません」
ロイドは清々しい顔で答えた。
ユキノに俺達はジークに行くので、案内の礼を言うと、「私も一緒に行きますよ」と最初から同行するかのように言って来た。
「王女が、そんな簡単に出歩いたら問題になるだろう!」
「大丈夫です。 タクト様の御傍にいる限り何も起きません。 例え、何かあってもタクト様が守ってくれますよね」
……このユキノの自信はどこから来るんだ?
「とりあえず、国王の許可が無いと、城からは連れ出さないからな!」
「分かりました。 御父様に許可を貰います」
もう一度、厨房に入り料理人達にロイドの相手をして貰い、その間にルーカス達の所に行く。
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