第133話 多重人格者!
リロイとニーナの結婚式当日は、街全体がお祝いムードになっていた。
関係者のみ参加の結婚式、噴水広場でのお披露目。
その後、バルコニーからの挨拶とブーケトス。
準備が出来てしまえば、当日は特にすることがない。
俺は、不審者が居ないかを確認しながら、結婚式を祝っている群衆に紛れていた。
すべてにおいて、大きな混乱もなく進行された。
気にしていた指輪の交換も、バレることなく出来た。
一番心配していた、スラムからの暴動等も無かった。
スラムの印象も昔と違い、街の人達も積極的に関わらないし、頻繁に悪事も働かないので、スラムに入らなければ危険は無いという認識みたいだ。
リロイが領主になってから、それなりに暮らしが楽になったからかも知れない。
そのうち、スラムへは足を運んで確認したい事もあったので、問題事もなくて安心した。
式が終わり、シキブ達警備をしてくれたギルドメンバーに、礼を言って回る。
屋敷の衛兵達にも同様に礼を言った。
屋敷内では、使用人達が浮かれていていた。
嬉しかったのは、使用人のひとりが「いつか、私もあんな服を着て祝福されたい」と話していたことだ。
このまま、結婚式という新しい文化を受け入れてもらえると嬉しい。
マイクと待合室で会う予定だったが、待合室に向かう途中でマイクに会う。
式を進行してくれた礼を言う。
「もう、懲り懲りです」
笑って話すマイクは、今回のお礼という事で、金属で出来た札のような物をくれた。
使い道は全く分からない。
「サキュバスか、インキュバスの力が必要になった際には、きっと役に立つと思います」
マイクからの個人的な報酬として受け取ってほしいとの事だったので、有難く受け取った。
ふたりで待合室まで、雑談をしながら歩く。
俺は、リロイの事と結婚の事を、ネロへ報告をしようと思っている事を伝える。
マイクは、無言のまま頷いた。
待合室に着くと、マイクはそのままリロイの部屋まで確認に行く。
俺は、ネロに連絡をする。
「師匠なの~! 面白いことなの~?」
いつも通りの口調で話してきた。
「面白いことじゃないが、少し真剣な話をしたい。 ジークに居るんだが、俺の場所まで来れるか?」
「簡単なの~! アルも誘っていくの~!」
「いや、ネロひとりで来てくれ」
「そうなの~!」
ネロは近くまで来ると、血の匂いで俺の場所が分かると以前に言っていたので、詳しい場所は伝えなかった。
数分後、ネロが【転移】してきた。
ネロに、ニーナと同じ指輪を見せる。
「これに見覚えはないか?」
手に取り、じっくりと見ている。
「これ、キュロイに贈った指輪と一緒なの~!」
流石というべきか、よく覚えていると感心した。
「怒らずにまず、俺の話を聞いてほしい」
キュロイとリロイの父親との事やリロイの事、そして死んだ原因を話す。
ネロが怒っているのは肌で感じ取れる。
「復讐は必ずする。 だから、まずは落ち着け!」
とても先程まで、語尾を延ばして話していた者と同一人物だとは思えない程の殺気だ!
いつでも攻撃可能な臨戦態勢だ。
俺の説得で静まってくれるか不安だ。
そう考えていると突然、殺気が消えた。
いや、消えたというよりは気配が変わった。
「久しぶりだわ!」
ネロが背伸びをしながら、先程までの事が何も無かったかのように話している。
……姿形はネロだが、雰囲気がネロではない。
「……お前、ネロじゃないな」
「そうね、ネロであってネロじゃないわね。 私は別人格の『ローネ』よ!」
別人格だと!
ネロは、多重人格者なのか!
「ネロとお前の他にも、人格が居るのか?」
「いきなり、鋭い所をついてくるね」
ニヤニヤと笑っている。
ネロの顔なのに、ネロに感じないのは人格が違うからか……
「人格は、私達ふたりだけよ」
ローネは、ネロの怒りがネロ自身に耐え切れなくなった際に、表に出てくるそうだ。
ローネという名前も、自分で勝手につけたものらしい。
ネロの裏人格だから、ローネにしたらしいが俺に言わせれば、素晴らしいネーミングセンスだ。
「それで、お前が表に出てきたらどうなるんだ?」
「そうね、本当なら怒りの根源を消し去るんだけど、貴方はそれを望んでないわよね?」
「今はな。 だが必ずその貴族を見つけ出して報告はする」
「ネロが信用している貴方を、私も信じるわ。 その時、私が出てくる保証もないけどね」
「ネロが表の時は、何しているんだ?」
多重人格者と話すことなんてないので、この際質問してみる。
「基本意識の中で寝ている感じね。 見聞きする事はしないけど、意識の中で情報の共有は出来ているわ」
「そういう感じなのか。 またネロに入れ代わるタイミングは、どうなっているんだ?」
「私が納得したら、入れ代わるわよ。 入れ代わった後のネロに怒りは無くなっているわ」
「そういうものなのか?」
「他の多重人格者は知らないけど、私達はこれでバランス取っているわね」
……確かに、多重人格者なんて、そうそういる者でもない。
他者との比較も簡単には出来ない。
「もしかして、人族との争いもローネが殺ったのか?」
「ん~、その質問は難しいわね。 ネロが人格を保ったまま殺したのもあれば、途中から私に代わったのもあるわ」
怒りが頂点になる前に、殺害を始めてだんだんと感情のコントロールが出来なくなるという事か!
「ローネも、俺との約束は守ってくれるんだよな?」
ネロが感情コントロール出来ていれば問題無いが、万が一も考えて確認をする。
「えぇ、主人格のネロが決めた事に私は従うわよ。 私も師匠である貴方に興味があるしね!」
少し笑いながら答える。
「それは、助かる」
「いいえ、私も貴方と直接話したいと思っていたので、呼んでくれて楽しかったわ」
「……別に、意図的には呼んでいないけどな! 意図的にも呼べるのか?」
「えぇ、呼べるわよ。 ただしその場合は、私とネロの合意が必要だけどね」
「分かった。 呼ぶ機会があればその時は応じてくれ」
「勿論よ! 聞きたい事はこれくらいかしら?」
いきなりだったから他にも聞きたいことがあるかも知れないが、今はこれくらいしか思いつかない。
「特に無いな」
「そう、特に無いならそろそろネロに代わるわね」
「色々とありがとうな」
「どういたしまして」
ネロの頭がガクンと下を向いたかと思ったら、すぐに顔を上げると見慣れていたネロの顔になっていた。
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