ギリノイモウトノタメニ

 貴子義母さんは何も話す気配を見せない。いや、話せないのかもしれない。

 義母さんを裏切ったはずの夕子さんが、自分の人生を犠牲にしてまでも義母さんのために行動してくれていたなどとは今まで思わなかったはずだ。

 そこには俺がこれ以上口をはさむ余地などない。そう判断し、あとは父さんに丸投げすることにした。


 目でサインを送ると、父さんのウインクが飛んでくる。気持ち悪い。

 が、おそらくは父さんも気になっていたことであろうし、香織のことに関するついでみたいな流れとはいえ、ここまで掘り下げられたのは上出来かもしれない。


「じゃあ、俺は香織の様子を見に行ってきます。ところで……」

「……亡くなった父親の墓は、一本松市の瑞宝寺ずいほうじというところにある。そこで詳しく尋ねてみるといい」


 何も話さない義母さんの代わりに、父さんはそう答えてくれた。俺の言葉を最後まで聞かずに。

 そしてこの答えは、『俺は貴子と大事な話をするから、おまえたちは出かけろ』という意味も含んでいるのだろう。


 つーか、父さん墓参りに行かなかったのにお墓の場所を知ってたんか。それならそれでやりようはあったんだけど、矢吹家全体で見ると決して悪い方向に入ってないようだから、まあいいか。


「ありがとう。じゃあ、香織が着替えたら、さっそく向かうことにするよ」


 後はリビングまで近づくのは、しばらく避けたほうがよさそうだ。香織の部屋へ向かうため階段を上り、部屋の扉を三回ノックする。


「……はい」

「香織、着替えは終わったか?」

「兄さん……は、はい。どうぞ」


 許しを得て部屋に入ると、フリルのついた白いブラウスと赤を基調としたタータンチェックのスカートを身にまとった香織が、ベッドの上にちょこんと座っていた。ニーハイを穿き終えたところらしい。


「……香織。もしよければ、これから……お墓に向かうか?」

「! 場所は……」

「聞いてきた。一本松市にある瑞宝寺だってさ。スマホで調べれば場所はわかるだろうし、もし香織が……」

「……行きます。兄さんも、いっしょに来て、くれますか……?」


 意思のこもった表情だ、複雑そうな心情は見えない。香織が即決即断したならば、父さんのほうも問題ないだろう。


「香織がそれでいいのなら、喜んで。じゃあ、早速行こうか」

「あ、はい。ありがとうございます。あ、母さんたちは……」

「父さんと義母さんは何やら話をしてるようだし、ほっといていいと思う」

「そう、ですか……わかりました。行きましょう」


 香織がベッドから立ち上がる前に、俺は思わず香織の前に右手を差し出した。

 それを見た香織は、何やら悲壮な決意らしきものを秘めた目を少し柔らかく変え、少し間をおいて掴んでくる。


「……嬉しい、です……」


 俺は掴まれた手をグイっと思い切り引き寄せ、香織との距離を縮める。互いの身体が振れた時、香織はそうつぶやいた。


「……はは」


 何言ってやがる。そう言われて嬉しいのは俺のほうだっての。


 ―・―・―・―・―・―・―


 今日は風もなく、穏やかに晴れたいい日だ。

 俺も着替えたのち家を出発し、駅について待つこと数十分。到着した電車に乗って、香織と隣り合わせで座る。その間、香織は俺の右肩に頭を乗せ、目を閉じていた。

 そのまま無言でいてもいいのだが、俺はひとつ気になったことがあったので、尋ねてみることにした。


「なあ、香織」

「……はい。どうかしましたか?」

「香織はさ──なんで、前の父さんの墓参りを、したかったんだ?」


 俺がそう尋ねると、一瞬だけピクッと動く香織の瞼。何かがあることは間違いない。だが、なかなか答えは返ってこなかった。


 ──言いたくないなら、答えなくていい。

 そう伝えようかと悩んでいたら、電車の音にかき消されそうなくらい小さな声で、ようやく香織が答えてくれた。


「わたしが矢吹香織になれて、兄さんと兄妹になれて──前の父さんに言われた通りにならなかったことを、はっきりと伝えたかったんです」


 香織の目は閉じられたままだ。そして回答も抽象的で要領を得ない。


「……そっか」


 それでも、これ以上聞く気にはならなかった。香織の中に残るトラウマらしき影が、そこに見え隠れする。


 どうか、香織の心が──車窓の外と同じくらい、晴れますように。


 電車に揺られながら、俺はただそう願うばかりだった。

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