キットホントハワカッテル

 しばらく、義母さんは泣き続けていた。その傍らで香織の手を優しく握っていた父さんだったが。


「……香織。よく考えたら、まだパジャマ姿だったな。とりあえず、着替えてきなさい」


 そっと手を放し、諭すように香織に言葉をかけてきた。それを受けた香織は、自由になった手で目を二、三度こすると。


「……はい、そうですね。着替えてきます」


 穏やかにそう言って、いったん自分の部屋へと戻った。

 そういや、俺も寝間着姿だったわ。まあスウェットなんで別に着替える必要もないんだけど、これからまじめな話になるのならばちゃんと着替えたほうがいいのかもしれない。


「それじゃ、俺も……」


 と意思表示をしたところで、それまで泣いていた義母さんが不意に顔をあげて、俺のほうへ視線を移した。


「ねえ、真一くん」

「……はい」

「さっきの話……誰から聞いたの?」


 少し話が落ち着いたところで不意打ちを食らい、俺は少し焦った。対応に困ってチラッと父さんのほうを見ると、いまだに穏やかな表情のままだ。


 これは、ごまかしても仕方ないということだろう。俺は素直に白状する。


「……夕子さん、からです」

「!!」

「この前、ニヨニヨ共和国に招待されたとき。そこに朝斗がいて、一緒に夕子さんにも会いました。そして、いろいろ話を伺ったんです」

「…………」


 義母さんの顔色が青く変化する。父さんは、やっぱりそのことを義母さんに伝えていなかったか。


 まあ冷静に考えりゃ納得だ。ただでさえあの時は須藤さんが訪ねてきていたわけだし、余計に話をややこしくする必要性など感じられないわけで。


 ──いや、待て。そういえば、あのお泊まりは朝斗と由里の招待だということすら、義母さんに伝えていなかったかもしれない。父さんは夕子さんから連絡もらっただろうから知っていて当然としても。


 この様子なら、父さんと夕子さんが知り合いだということも、義母さんはおそらく知らないな。今更言い出しづらいだろうし。本当怖えよ。あそこに関係者の子どもが大集合してたんだからな。運命のいたずらではなく、必然とすら思えてきたわ。


 しばらく義母さんは、視線を泳がせながら必死に考えをまとめようとしていたが、やがて恨みを込めるかのような口調で、独り言を吐き捨てた。


「……夕子、どこまで、私たちの幸せを邪魔すれば気が済むのよ……」

「それは違います!」


 思わず強い口調で、俺はそう言い返してしまった。一瞬だけ、義母さんの身体がビクッと跳ねた。


 しまった、と思いつつ、もう一度父さんのほうをチラ見すると、穏やかなまま、表情は変わっていなかった。

 判断のしづらいところだが──このまま、言ってみよう。


「夕子さんは、義母さんが大奥酒造に戻れるように、今の社長の弱みを握るために、自分の身を犠牲にしてまで、近づいたんです」

「……え?」

「大奥酒造を追われたことで、義母さんが不幸になってしまったと、夕子さんはそう思っていました。だから……自分をかばって救ってくれた恩返しのつもりで、夕子さんは大奥酒造の社長にわなを仕掛けてまで無理やり……」


 夕子さんは、間違いなくそう思っていた。

 父さんの話からの推測では、義母さんにとっては、おそらく大奥酒造のことはもうどうでもよかったのだろうけど。


 大奥酒造の呪縛から逃れて、自由と夕子さんという親友を手に入れた義母さんは、その時点で幸せだったはずだ。それでも夕子さんには、義母さんが上流階級から一般庶民まで堕ちてしまったように見えた。


 そして夕子さんは、義母さんとおそらく香織にも、一般の人が思い浮かべる幸せな暮らしを取り戻してほしかったに違いない。

 お金があるから幸せとは言えないが、お金がないのは間違いなく不幸なのだから。


 ──それが、義母さんにとっては、夕子さんという親友を失ってまで手に入れたいものじゃなかっただけで。


 二人は、食い違っているだけだ。おまけに、今の父さんからしてみれば、自分が夕子さんに頼まれて義母さんのことを気にかけたことが出会いのきっかけだった、とは言いだせないのも簡単に推測できる。


「……そ、そんな、わけ……」


 義母さんの表情に戸惑いが浮かぶさまを確認したあと、俺はまたしても父さんをチラ見した。すると、何となくだが、父さんが親指を立てているように思えたので、最後まで言い切ることを決意する。


「……義母さんが一番の親友だと思っていたひとは、そんなに簡単に義母さんを裏切れるくらい、情のないひとだったんですか?」


 そのように俺が言い切ってから、しばらく場に静寂が続いた。

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