テヲトリアウカゾク

「……香織……」


 まずは貴子義母さんが口を開いた。が、そこでつまずいてしまっている。

 言いたくても言えないのか、言いたくはないけど察してほしいのか、どちらなのだろうか。


「お母さん、まずは、お礼を言わせてください」


 香織が義母さんに向かって頭を下げ、そうしてそのまま続けた。


「わたしに優しくしてくれて、本当に優しくしてくれて……ありがとうございます。わたしは、母さんが大好きです」


 なんとなく鼻声にも聞こえる香織の独白。ひょっとして、泣いているのを見られたくないのかもしれない。


 それでも、香織は次の大事な気持ちを、顔をガバッと上げて強く言い切った。どこへもっていけばいいのかわからない自分の手を、テーブルの上へ重ねて乗せてから。



「……たとえ実の母子じゃなくても、わたしには、母さんはひとりだけです」



 前の家族会議の時と同様に、まるで後ろでピアノの不協和音が聞こえるような、衝撃的なセリフだった。


 父さんは腕を組んだまま、何かを言いたそうに目を閉じている。義母さんは何かを言いたくても黙っているしかできない。そんなふうに見えて、俺は思わず歯を食いしばった。


「そして、わたしは矢吹香織になれて、本当に良かったと思っています。いつも温かく見守ってくれて、母さんのことを心から愛してくれている、頼りがいのある父さん。わたしのことを心から気遣って大切にしてくれる、カッコイイ兄さん。いっぺんに、大事な家族がふたりも増えたんです。母さんもわたしも今まで感じたことのない、そんな幸せをくれる大事な家族が」


 本気だ、嘘ではない。

 その言葉に何かを動かされそうになる俺たち三人。


 でも、何も言い出せないのは、何故だろうか。


「──わたしは、これまでわたしを縛っていた過去の出来事を、乗り越えたいと思っています。今の大事な家族に、わたしが本当に幸せだとわかってもらえるように。わたしの家族は、義父さんと母さんと兄さんだけだってことを証明するために。だから──だから、前の父さんに、さよならしたいと思いました。お墓がどこにあるか、教えてほしいです」


 そう言って締めくくった香織の主張に、俺の胸が激しく痛んだ。


 俺に、あんな苦しそうな顔をさせないための、気遣いから出た発言なのに。

 言葉が鋭いナイフになって、俺の胸を突き刺す。


 香織は本当に優しい子だ。俺たちを気遣う発言に終始して、おそらく一番訊きたいこと、知りたいことに触れなかったのだ。


 ────わたしは、誰の子どもなんですか? ということを。


 おそらく香織以外の三人全員が、そのことに気づいている。それでも進んで伝える気にはならないだろう。


 少し間が空いてから父さんが目を開き、隣でうつむいている義母さんの肩に手を置いて、穏やかに言葉を発した。


「……香織は聡明な子だから、気づいているとは思っていた。なあ、貴子。いいだろう、お墓の場所を教えても」

「……」

「……そんなに、自分を責めることはないさ。香織は心から私たちを家族だと思ってくれている。今の香織が本当に幸せなのかそうでないのかは、ずっと香織を見てきたおまえならわかるだろう」

「……あなた……」

「その香織が、自分から『乗り越えたい』と言ってきたんだ。むろん、俺たちに──」


 そこまで言って父さんは俺のほうをチラッと見てきた。一瞬俺の肩がすくんだが、父さんはすぐさま視線を再び義母さんに向け、何もなかったかのように続けた。


「──俺たちに対する忖度そんたくはあるにせよ、強くなった俺たちの娘の成長を、今は喜ぶべきじゃないか? ……なあ、香織」

「……はい」


 そうして次は、居心地が悪そうにしていたテーブル上の香織の手をつかんでから、父さんはいつになく優しい声で──心から愛する娘に語りかけるような優しい声で、香織の名前を呼んだ。


「これだけはわかっていてほしい。私も、真一も、そしてもちろん貴子も、香織のことが大好きなんだ。大切なんだ。お願いだから、絶対に忘れないでくれ」


 父さんが香織にそう伝えた瞬間、涙をこぼして泣きながらテーブルに顔を伏せる義母さん。香織もつられて泣いてしまったようだが、気丈に父さんに向きあって、きっぱりと返事をした。


「……もちろんです」


 目からあふれる涙は止まらない。それでも香織は幸せそうに──笑っていた。



 ちくしょう、なんだよ。父さんに手を握られても大丈夫なんじゃないか、香織は。

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