イマノオレハアニシッカク

 表情は濁っているように思える。やや薄暗い部屋の仲だ、詳しくはわからない。

 それでも感じたんだ。香織が、言いたいことを言いよどんでる雰囲気を。


「……ごめんな、香織」


 謝罪するしかなかった。香織に幸せでいてほしいはずなのに。香織をこんな気持ちにさせるつもりじゃなかったのに。


「……兄さん……わたしは……」


 そうして香織は、気遣いができる子の本領を発揮して、俺に自分の心境を吐露してくれた。

 出会ったころと違うのは、兄妹としての絆が強くなったことだと思う。


 ────お互いの気持ちを思いやれるくらいに。


「……乗り越えたいんです」


 香織が、小さい声だけどはっきりと言い切った。


 その言葉を聞いて、俺は何とも言えない気持ちになる。前の父親のトラウマを乗り越えたい、そう言ってくる香織の心の奥底に、俺に対する優しさが見え隠れしたからだ。


 俺が浮かない顔をしていたこと。香織が前の状態に戻ってしまったのではないかと今の俺が危惧したのを、香織が感じ取ったこと。俺が自分の気持ちを整理できないまま香織に謝罪したこと。

 すべてが、俺のために、香織にそう言わせてしまった。たとえ自分で乗り越えたいと思っていなくても、本心じゃなくても、俺が香織にそう言わせてしまった。忘れることよりも、乗り越えることを強いてしまった。


 ────それに気づいていながら。


「香織が乗り越えられるためなら、俺は全力で手伝う……からな」


 俺はこう言うしかなかったんだ。香織の気遣いを、思いやりを、決意を無駄にしたくなかったから。


 震える香織を優しく抱きしめながら、俺はそれ以降黙りこむ。そうしてしばらくしてから、二人とも、眠りに落ちていった。


 こんなふうな、お互いを気遣うやり方、絶対間違ってる。

 さっきまで『問題は、香織のみとなるが、そのことさえケリがつけば、美久の力になってやれるかもしれない』などと楽観的に考えていた自分を殺したくなった。心優しい義妹に無理をさせてまで、自分に気を遣わせてしまうことが、こんなに苦しいとは正直思わなかったから。


 俺は────卑怯だ。


 ―・―・―・―・―・―・―


 そして次の日の朝。

 俺と香織は、なぜか朝の緊急家族会議のテーブルに、被告人として参加させられている。


「……さあ、言い訳を聞こうか」


 父さんの声が冷たい。俺と香織は顔をあげられないまま、どう言ったらいいかと悩んだままだ。


 ────あの後、朝を迎えて起こしに来た義母さんに、俺と香織が同じベッドで寝ているところを発見された。

 もちろんやましいところなど何一つないのだが、それよりも言い出しづらい昨日の夜の顛末なわけで。


「……まさか、本当に一線を越えてしまうとは……」

「越えてない越えてない!」


 もう反射と同じようにそこだけは否定。むろん信じてはもらえないだろう。


「……じゃあ、なんで一緒のベッドで寝ていた?」

「……」


 弱いわ、俺。兄としてどうなんだこれ。


「……違うんです。兄さんの様子がおかしかったので、わ、わたしが、むりやり……」

「無理矢理香織から大胆に迫ったというのか!?」

「い、いいえ、そっちのほうはまったくなにもありませんでした。残念ながら……」


 義妹のほうが強かった、主にメンタル的な意味で。何が残念なのかはともかくとしても。


「じゃあ、ムリヤリ、なにをしたの?」


 今度は義母さんからの追及が香織に向かう。深呼吸を二度、何かを整理するように香織がした。


「……前の父さんが、亡くなった、と……むりやり聞き出しました」

「!」

「!」


 父さんと義母さんが、お互いを見合わせた。香織がその時になってガバッと顔を上げ、何かの決意を秘めてさらに続ける。


「わたしが、前の父さんのことを怖がっているって、兄さんも知っていました。だからこそ、亡くなってしまったことを兄さんが知ってしまっても、それをわたしに伝えるかどうか、兄さんは悩んでいたんでしょう。そんな兄さんの様子をおかしいと思って、つい、追及しちゃったんです。それだけです」


 香織の思いやりが痛すぎる。あくまで自分を悪者にして、俺をかばうつもりなのだ。


 俺もおそるおそる顔をあげると、義母さんの何とも言えない顔が、いやおうなしに目に入ってきてしまう。

 父さんは────恐いというよりも、『ついにこの時が来てしまったか』のような表情だった。


 どうやら、今日の家族会議は長くなりそうである。俺は事情説明をせねばなるまいと覚悟を決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます