デジャヴ

 俺は部屋のベッドに寝ころび、考えをまとめようと必死に努力する。当然ながら無駄な努力だ。


 香織が、俊哉さんにつらく当たられたことを、いまだに引きずっていて。

 それを癒すことなど、父さんと違って、俺に出来るわけがなくて。

 要子おばさんが有田家に戻って、美久が幸せな日々を送れるようになるためには、要子おばさんが貴子義母さんと香織に『俊哉さんの代わりに』謝罪を済ませないとならなくて。


 いろいろ悩みつつ眠れもしない時間を過ごしていると、不意に扉をノックする音が響いた。


「……兄さん、起きてますか?」


 遠慮しがちに訊いてくる声。香織だ。時計を見るともう十二時を回っている。


「……ああ、起きてる。どうぞ」


 音をたてないようにおそるおそるドアを開け、香織が姿を現した。


「ごめんなさい、夜遅くに」

「かまわないさ、起きてたし。どうした、寝れないのか?」


 俺の問いかけにはすぐに答えず、香織はベッド前まで移動してからそこに座り、傍らにあった俺のクッションをギュッと抱きしめる。


 ああ、香織。クッションを抱きしめる仕草は大変キュートなんだが、俺はそのクッションに座ったままオナラとかしてるんだぞ。

 そう忠告しようとするも、香織がなぜか真剣な表情なので、俺からは何も伝えられない。


「……兄さんが、さっき、何やらつらそうな苦しそうな顔をしていたので……気になって」


 すると、真剣な態度の中に少しの照れを加えて、香織がそう言ってきたので、俺は感極まってしまった。


 ――――この心優しい義妹は、たったそれだけのことを気にかけて、わざわざこうして訪ねてくれたというのか。


 思わず香織のそばへと寄って、抱きしめてしまう。


「!? あ、あ、あ、あ、あの、あのあの、兄さん……?」

「本当に……香織は、優しいな」


 いきなりの抱擁にテンパる香織に対し、俺はお詫びの意味も込めてそう伝える。すると香織は。


「……そんなこと、ありません。わたしは兄さんに優しくされるだけで、何も兄さんのためにしてあげられなくて……」

「そんなこと、ないだろう」

「あるんです。だから、わたしで力になれることなら、兄さんのために……」


 以前、どこかで俺に言ってくれた『力になりたい』という意思を、再度提示してきた。



『……だから、もし兄さんが悩んでたら、困ってたら、助けられるようなわたしになりたいんです。恩返しするために』



 前向きになった香織を嬉しく思ったあの時。だけど、それ以外にも別の意味があるように思えたんだ、あの言葉は。それはおそらく――――誰かの役に立ちたい、という、願い。自分の存在意義を確認するために。


 何やら感情が混乱してきた俺は、無意識に汚い方法を選択してしまった。


「香織。よければ、今晩……一緒に寝ようか?」

「……えっ?」

「朝斗が泊まったときのように。いやか?」

「えっ、えっ、そ、そ、そんな、イヤじゃありません、全然ありません! で、でも、今はかわいい下着つけてないし、さっきトイレに行っちゃったし、アレも準備してないし、あの、その、えと……あうぅぅぅ」


 何やらいろいろ悩んだ挙句、香織は俺のベッドに申し訳なさそうに入ってきた。


 ――――あたたかいな。ホッとする。


 身体が触れ合って、そんな気持ちもないわけではないが。

 この状況なら香織が取り乱すことはないだろう、という、俺のよこしまな思考から出た行動選択なのだ。


 そう、以前に、父親である俊哉さんから虐待を受けたことを、香織が思い出してすこし取り乱しかけたときと、同じように。


「あぅ、あぅ、やっぱり、しあわせすぎて、つらいです……」


 そっと身を寄せてくる香織が、違う意味で取り乱す一歩手前なのはあえて無視して、俺は香織に話しかけた。


「こうしていると、この前のことを思い出すな……」

「……はぃ」

「あの時は……どんな話を……」


 俺はそこで躊躇した。一瞬香織の身体がビクッと跳ねたせいでだ。


 やっぱり、香織はいまだに――――


「……バカだよな」


 思わず、漏れた。


「……わたしが、ですか?」


 バカという言葉に反応したらしい香織が、自虐的にそう尋ねてきたが、俺は香織の頭を撫でて否定する。


「違う。香織のことをひどい目に遭わせた、前の父親のことだよ」

「……えっ?」

「こうやって香織と一緒に、体温のあたたかさを伝え合えば、香織がいかにいい子かわかりそうなものだけどな」

「……」


 俺はそれだけ言って、さらに香織の頭を撫でた。

 しばらくされるがままだった香織だが、その間に何かを考えていたのだろう。俺が撫でる手を休めると、小さな声でボソッとつぶやいた。


「父さんは、わたしが、好きではなかったんです。だって……」

「……だって?」

「……わたしが、父さんの実の子どもじゃ、なかったから」

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