ヤクソクノナイヨウ

「……おいしいです! こんな美味しいラーメン、食べたの初めてです!」

「…………」


 百聞は一見にしかず。とりあえず体験してもらおうと、『幸せラーメン』を朝斗と由里に食べてもらうことにした。


 朝斗ははしゃぎながら、ひとくちひとくちを心の底から美味しそうにゆっくりと食べている。対照的に由里は麺をすする以外の音を一切立てていない。不気味だ。


 やがて、朝斗と由里、両方のラーメンどんぶりが空になった。もちろんスープすらも残っていない。


「ごちそうさまでした! 美久さんのお母さん、とってもおいしかったです! ボク、ここに通おうかなあ……」


 朝斗がニパーッと笑って要子おばさんにお礼を告げるのはまあ想定内だ。こんなうまいラーメンが五百円で食べられるならば、俺だって通うから。


 だが。


 完食してからもどんぶりを見つめたまま沈黙を貫いている由里が、不気味すぎて仕方がない。少なくともまずいとは思ってないはずなのだが。


「……」

「……」

「……由里?」


 由里のリアクションをずっと待っている朝斗と美久。俺は待ちくたびれて、つい名前を呼び掛けてしまう。


 そして、名前を呼ばれた由里が、数秒のタイムラグを置いて、突然ガバッと顔を上げて叫びだした。


「……う、う、う、うまいべしたーーーーー!!!!!」


 店内の人間が例外なくぎょっとしたが、そんなことを気にせず由里は叫び続ける。


「こげな美味いラーメン、何杯でも食えっつぉい! もう一杯けろ、はらくっちぐなるまで食うがら!」

(訳:こんな美味しいラーメン、何杯でも食べられますわ! もう一杯下さい、お腹いっぱいになるまで食べますから!)

「……おい、由里……」

「ほがにきゃぐなんていねんだがら、なんぼくってもさすけねべ!?」

(訳:他に客なんていないのですから、いくら食べても構わないでしょう?)

「いいから落ち着け」

「たわばっ」


 なまりすぎて何語をしゃべっているのかわからないくらい興奮している由里の頭を、力いっぱい七分くらいで叩いた。


「あ、あれ……? わたくしはいったい何を……?」

「……なんだこいつ」


 この流れ二回目だわ。というか、由里って興奮すると思い切りなまるんだな。さすがド田舎のご令嬢。


「……じゃないですわ! なんですの、この芸術ともいえるラーメンは! こってり系のラーメンは一杯いただくだけで満足しますけど、このラーメンは何杯でもいけそうですわ! あっさり系のラーメンなのにあとを引く味わい! 思い出すだけでよだれがあふれる、快感ともいえる体験ですわよ!」


 ――――ふむ。なんとなくうまいものはたくさん食べてそうな由里がここまで言い切るとは、やはりこのラーメンは大当たりしそうだ。ならば、あとは。


「朝斗も由里も気に入ってくれたようでよかった。俺もこのラーメンはそんじょそこらのラーメン店に閑古鳥が鳴くレベルと思ってる」


 朝斗はもちろん、由里も俺の言葉に大きく頷いている。


「だが、見ての通り店はこの様子だ。このままでは評判が広まる前に、店を閉めなくてはならなくなる。そこで……」

「……わたくしたちに、このラーメンのすばらしさを広めてくれ、ということですの?」


 俺の言葉を途中で遮って確認してくる由里を、思わず指さしてしまった。


「その通りだ! 俺たちはこの近くに住んでいないから、噂を広めるのも難しい。その点、一本松市に住んでいるおまえらなら適任かと思ってな」

「……」

「……どうだろう、ボウリングの時の『なんでもひとつ言うことを聞く』賭けの報酬として、お願いできないか?」


 由里は俺の願いを聞いてからわざとらしくため息をつき、やれやれ、とばかりに大げさなポーズをとってきた。


「何を言ってますの。こんな美味しいラーメン、賭けなど関係なしに黙っていられませんわ」

「……ん?」

「賭けなど無関係で、PRしますわ、と言っているのです。わたくしの個人ブログで紹介すれば、あっという間に人気店になりますわよ、ここ」

「……ブログ? おまえ、ブログなんてやってるの?」

「そうなんですよ、真一さん! 由里のブログは一日に三十万PVアクセス数がある、屈指の人気ブログなんです!」

「おーっほっほっほっ、『一本松市のインフルエンザ』とは、わたくしのことですわよ!」


 朝斗と由里が自慢気にそう言う……のだが、それを言うならインフルエンサーだろうが。

 というよりいまだにインフルエンサー自称とか、なんか恥ずかしい。由里はウイルスか。あと、どちらかというとインフルエンザじゃなくてエボラ出血熱のような気がする。タチの悪さを鑑みて。


 ――――とは思ったけどあえて飲み込んで、俺は感謝の意を示すことにした。


「そうか、助かる。ありがとう、由里」

「べ、べつに小十郎のためじゃありませんわ。美久お姉さまのお母様の店ですもの」


 ツンデレのテンプレみたいな由里の物言いだが、それにいち早く反応したのは美久だった。


「……由里ちゃん、ありがとう! 本当にありがとう!」


 美久は由里に正面から抱き着いた。愛情表現に慣れていないのか、由里は嬉しそうな照れくさそうな笑顔でされるがままになっている。


「ぼ、ボクも友達や近所のおじさんたちに、ここのラーメンを宣伝しますね!」

「おう、朝斗も頼むな。でも、無理しなくていいぞ」

「い、いえ、ボク、町内のおじさんたちはほとんど全員知り合いなので……」

「…………」


 朝斗も協力を惜しまない旨を伝えてくれた。うーん……まあ確かに朝斗は『おじさまキラー』っぽいような雰囲気はあるけど……まあいいか。協力者は一人でも多いほうがいい。


「じゃあ、二人とも、頼りにしている。よろしくな」

「はい! まかせてください!」

「言われるまでもありませんわ」


 とりあえずそんな感じで話をまとめた直後、不意にたてつけのあまりよくない、店のドアが開いた。


「……こんにちは、また来させてもらいました。おや? ……今日はにぎやかですな」


 俺は突然ドアが開いた音でびっくりして、そちらに視線を向けると、初老の男性が立っている。さらによく見て――――誰だか認識できた俺は、驚きを通り越して、震えた。


 なぜならば、そこにいたのは――――欣じいこと、須藤欣次すどうきんじさんだったから。

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