オモイダサレタユウジン

 まあ、それはともかくとして。


「……だから、もっとたくさんの人を幸せにするために、お客さんをもっと呼ばないとなりませんね」


 俺の提案に、要子おばさんも美久もノーリアクションだった。


「というよりですね、この食堂、歴史はかなりあると思うのですが。前から来ている常連さんとかもいたんじゃないですか?」


 どうしてこんなにガラガラなんだ、とストレートな表現は避けて、そのように訊いてみると。


「あ、あの、前に店内で『ラーメンに髪の毛が入っていた、どうしてくれるんだ』ってさっきくらい年齢の子たちが騒いで、一大事になったことがあって……その騒ぎの時に店にいた常連のお客さんが、ばったり来なくなっちゃったの……」


 返ってきた要子おばさんの説明を耳にして、小物卓巳とその一味に対して新たな殺意がわいてきた。

 本当にあいつらは地球温暖化を促進させる害悪でしかない。物理的に消しておくべきだったかもしれん。


 うーむ、ラーメンの美味しさは文句なしなんだから、とにかくお客を呼ぶことが第一だ。

 とはいうのは簡単だが、ここは俺も美久も勝手の違う一本松市。知り合いすらいないわけで、広報活動も難しい。


 ――――知り合い。


「あ」


 俺はひらめいたと同時に、胸ポケットに入れていたスマホを取り出し、一本松市に住んでいる知り合い――大槻朝斗おおつきあさとへと電話をかけた。


 ―・―・―・―・―・―・―


「真一さん! 美久さんも、お久しぶりです!」


 おいちゃん食堂の扉を勢い良く開けて、朝斗が叫びながら駆け足で近寄ってくる。少し離れた後ろには、金髪縦ロールの姿も見えた。


「おう、朝斗。休みだというのにわざわざ来てもらってすまなかったな」

「そ、そんなことはありません! し、真一さんなら、いつでも、どこでも、どこへでも……」


 急な呼び出しにもかかわらず、いやな顔どころか笑顔全開で駆けつけてくれた朝斗の頭を軽くなでて感謝の意を示すと、またもや朝斗は気持ち悪いくねくねダンスを踊り始めた。が、由里のほうはというと、ただ不満そうな表情で入り口のドア向こうに立ったままだ。


「まったく……突然呼び出したりして、いい迷惑ですわ」

「ご、ごめんね、由里ちゃん。忙しいところを」

「あ、美久お姉さまに呼び出されるのであれば、全然問題ありませんのよ。ただ小十郎に呼び出されたのが不愉快で……」

「やかましいわ由里。ボウリング勝負での『俺の言うことをひとつだけ聞いてもらう』という賭けを、忘れたとは言わさねえぞ」

「……くっ……」


 とりあえず由里を黙らせた。夕子さんを呼び出すとなにやらややこしいことになりそうだったので、朝斗と由里という一本松市住民を呼び出してみたわけだが。


「……で、どんな理由でわたくしたちを呼び出したんですの? このような薄汚れた小ぎたな……」


 由里がそこまで言いかけた時に、薄汚れた小汚い食堂内の奥にいる割烹着の女性に気づいた。そして、その女性が誰なのかにも。

 由里の視線をたどった朝斗も遅れて気づき、二人とも気まずそうにうつむいて無言になってしまった。


「……改めて、紹介するね。あたしのお母さん、だよ」


 そんな二人の後ろから肩に手を置いて、美久がそのように二人に告げる。

 二人とも人の心の機微には敏感だ。それですべてを察したようで、同時にがばっと顔を上げ、まず美久を、そして一拍おいてから要子おばさんのほうを見た。義理とはいえさすが姉妹、恐ろしいシンクロ率。


「……美久の母の、要子、です。よろしくお願いしますね」

「お、大槻朝斗です! よろしくお願いします!」

「朝斗の義妹の、由里と申します。こちらこそよろしくお願いしますわ」


 口元に手を当てて目を細める要子おばさんに、朝斗も由里もつられて笑う。うん、やっぱり人との出会いはこうでなきゃいかん。


 腕を組みながらひとりでウンウンと頷く俺だったが、横目で由里に事情説明を求められたような気がしたので、一応の敬意を払ってボロボロのテーブルの下に隠れていた二人分の椅子を引き、二人に着席を促した。


「……朝斗と由里には、まずここのラーメンを食べてみてほしい。話はそれからだ」

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