ノーサンキュー

 決意の内容を誰にも告げないまま、次の日。俺は約束通り美久と一緒に一本松市まで来ていた。


 あまり詳しくない地理がゆえに、目的地までたどり着くのはスマホの力を借りても困難だった。万が一のために、美久は竹刀を持ってきていたから余計に大変そうである。


「ここ、かな……」

「……って」


 夕子さんのメモに書いてある住所へとたどり着いた俺と美久、二人同時に顔を上げると目に入ってきたのは、『おいちゃん食堂』と書いてあるやや古びた看板。


 建物もやや古びた、昭和の時代から残る建物のようだ。住所は間違いない。


 だが、美久の足は、『おいちゃん食堂』の前から動く様子を見せなかった。よく見れば、ガタガタと震えている。


「……会うのが、怖いか?」

「……うん」


 美久らしくない、心細そうな声が痛々しい。


「あたし、お母さんにひどいこと言っちゃったし、今さら話を聞いてもらえないんじゃないかって……」


 その不安ももっともだが、少なくとも事情を知らなかった美久になじられても、要子おばさんは自分を責めるだけで美久に対する嫌悪感は持たなかったと思う。

 が、当の本人でもない俺がそう言ったところで説得力など微塵もないわけで。


 言葉の代わりに俺は美久の背中へと手を当て、後ろから押すようなしぐさをした。


「とりあえず、中に入ってみよう。大丈夫だ、きっと」

「……うん、そだね」


 ありがとう、と美久に目で言われた気がして、俺は少し照れながらドアに手をかけた。


 入り口の扉を横にスライドさせ店内に入ると、すぐに油のにおいと何やらもめているような声が五感へと届く。


「だーかーらー、どう責任取ってくれるんだよ? こんなゴキブリ入りのラーメンなんか客に出しやがってよ?」

「ったくよー、こんなさびれた食堂にわざわざ食いに来てやったっつーのに、なんだぁ? この仕打ちは」

「こんなもの客に食わせて金まで取ろうってか? タダにしねえんなら保健所に直行してやってもいいんだぞ?」

「そ、そんな……」


 何事かと思って様子をうかがっていたが、どうやらどこかのチンピラらしき若い男三人が店員に言いがかりをつけて無銭飲食をしようとしている、としか思えなかった。


 狼狽している白い割烹着を身に着けた店員をまず見てみると――ああ、要子おばさんだ。なるほど、ここで働いている、というわけか。

 要子おばさんはクレーマーの非難を一斉に向けられているせいで、新しく入店してきた俺と美久には気づいていないようだ。


 そうして次にクレームを、じゃなくて。座席にふんぞり返りながら単なる無銭飲食をするために必死になっている男ども三人に視線を移すと。


 ――つい最近どこかで見た奴らであることを認識して、思わず美久と顔を見合わせてしまった。


「……よぉ」


 無銭飲食をするために必死でイチャモンをつけていた男三人に呆れ半分で近寄った俺は、その中の一人の肩をポンと叩き、そう声掛けをする。


「ああん? 誰だ気安く肩なん……げっっっ! な、なんでおまえらが!」


 振り向きざまに威嚇をしてきた男が、俺を見るなり青ざめた表情になった。他の二人も気づいて身体をビクッと跳ねさせている。


「無銭飲食するために必死になるとは、小物すぎて涙どころかションベン漏らしそうだわ――――小物卓巳こものたくみよ」

「……!」


 だが、青ざめたのは、しょーもないカラーギャング『ブルーシャドウ』リーダーである小物卓巳だけではなかった。

 こいつらに気を取られて俺とその少し奥に入る美久に気づいてなかった要子おばさんも、同時に絶句して震えている。


「……お母、さん……」


 自分を見た要子おばさんが青くなったことにショックだったのか、美久は悲しそうな声でボソッとつぶやいた。


 ――――はぁ。しょうがないな。


「さて、小物卓巳と雑魚Aと雑魚B。おまえら、今度つるんでるところ見かけたら無条件で喉元に突き入れる、と忠告はしたはずだが」

「や、やめ……」

「安心しろ、喉元を突く代わりに、硬い硬いアスファルトに叩きつける罰で勘弁してやる」

「死ぬ! どっちにしても死ぬ! か、勘弁し……」


 三対一のバトルなど、どう考えても有利なのがどちらかは目に見えているんだが……そんなに怖かったのか、あの時の美久は。さすがだわ。


 ビビッて何もできなさそうな馬鹿どもの首根っこを引きずりながら、俺は今入ってきた入り口へと戻った。


「美久、こいつらの相手は俺に任せて、おまえは要子おばさんに今の自分の気持ちを伝えろ」

「……真一……」

「大丈夫だ、俺が保証してもいい。大丈夫じゃなかったら、お詫びに何でもしてやる」


 幸い、このクズども以外に店内に客はいない。俺はすれ違いざまに美久にそう告げてから、小物のほうを睨んで宣戦布告開始。


「さあ、小物卓巳とその他二人よ。俺と一緒に、不運ハードラックダンスっちまおうか? おら、外へ出ろ」

「や、やめ……やめろ……」

「ああん? やめろ、だぁ? 何偉そうな口きいてやがる、小物のくせに」

「や、やめてください、おねがいします……」

「断る」

「あああああ!!!」


 不安そうな顔をした美久をわざと見ないようにして、二人を残し俺は外へ出た。


 俺ができることは何もない。美久、自分の力で、思いで、頑張れ。


 ――――きっと、気持ちは伝わる。親子なんだからな。

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