リカイデキナイツラサ

「……自分の意志で生きられない、それがどんなに苦しい人生か、分かれとは言わない。ただ、すべてをあきらめなければならないということは、死んでるみたいに生きることなんだ」


 思考中の俺の表情から思いをくみ取ったのか、父さんがボソッとそう付け加えてきた。

 俺には理解できないことなのかもしれない。軽々しく『つらさはわかる』なんて言えるわけもない。


「貴子は、皮肉にも夫婦そろって会社を追われ、その後に夫と別れたことで、人生で初めて自由を手に入れた」

「……うん」

「そうして、夕子ゆうちゃんという親友もできた。だが、はじめての自由による幸せは、過去に自分を縛っていたものによって壊されてしまう」


 父さんが言わんとすることは、今の俺にもおぼろげながら理解できた。おそらくは、親友である夕子さんが、過去の義母さんをがんじがらめにした大奥酒造の現社長と再婚したことであろう。


「それから、似た者同士の貴子と香織、二人は親子としてお互いのことを思いながら生きていこうとするしかなかったんだ。他人に心を閉ざしたままでな」


 気が付けば、父さんの持っているグラスからは、バーボンがなくなっていた。

 グラスの中に少しだけ残っている氷をぐるぐると動かすようなしぐさをしながら、父さんは貴子義母さんの心を溶かすための二年の月日を思い出すかのような表情になる。


 ――――貴子義母さんは、親友と思っていた夕子さんに裏切られたと思って、他人に心を閉ざしたのだろう。


 いや、実際は夕子さんは裏切ったわけじゃないけど、義母さんのために大奥酒造を取り戻させようとして行動したことではあるけれど。


 それでも、過去の自分を縛っていた大奥酒造を取り戻すことなどよりも、夕子さんと一緒に過ごすことのほうが、義母さんにははるかに価値のある行動だったのかもしれない。


 過去に振り回された大奥酒造という会社が、再度自分を苦しめる。自由になったはずなのに、自分はこの運命から逃れられないのかと、義母さんが心を閉ざすのも仕方ないことだ。


 そして、香織はその後朝斗と疎遠になり、いじめられたわけで。


 お互い親友に裏切られた親子は、そこで親子としての絆を深めたのだろうか。


 たとえ、血がつながっていなかったとしても。


 実の親子じゃ、なかったと、しても。


「父さん、香織は……」


 ――――香織は、誰の子どもなの?


 無意識にそう尋ねかけた俺を思いとどまらせたのは、義母さんが浴室のドアを開ける音であった。


「お風呂、いただきました。あなたもどうぞ……あら、真一くんもいたのね?」

「あ、うん、ちょっと寝れなくて、牛乳でも飲んで寝ようかと思って」


 俺の苦しい言い訳を疑うことなく、にっこりと笑って応えてくれる義母さん。そこには、俺と父さん、新しくできた家族に心を閉ざすような様子はみじんも感じられなくて、心がチクッとした。


 ――――何を考えてるんだ、俺は。香織が義母さんの実の子どもじゃなくても、誰の子どもでも、俺は香織を、大事な義妹を守ると決めたじゃないか。


「……ああ、俺もひとっ風呂浴びて寝るか。酔っぱらう前に」

「あなた、深酒は控えてくださいね。健康のためにも」

「……そうだな。家族に心配かけちゃいけないからな」


 幸せそうな、父さんと義母さんの会話を聞いて、改めて決意する。


 ――――父さんは、義母さんを心から大事に思っているんだ。家族の幸せを大事にしたいと思っているんだ。だから――――

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