オモイカコノハナシ

 父さんがそう言って、自分の手元にあるグラスへと視線を動かした。


「貴子が生まれた家に関しては……知っているな?」

「……うん。大奥酒造、だよね」

「そうだ。江戸時代から続く、伝統ある酒蔵。代々受け継がれてきた、由緒ある家だ」


 父さんとの会話で今まで一度も触れなかった、貴子義母さんの過去。その重み、深刻さに、喉が大きく鳴る。


「そんな家だ、当然ながら、後継ぎの男子が必要となってくる」

「……」

「今の時代にはそぐわない考えなのかもしれないが、男児が産まれなかっただけでお家断絶などという結果を招いた時代から続く家柄だ、貴子が産まれた時もその考えは当然のように存在していた」

「……ということは、貴子義母さんは……」

「……ああ。一族が欲しかったのは男の子。そんな環境で産まれた女児が、無条件で周囲から愛情を注がれると思うか?」


 不意に問いかけられ一瞬ビクッとなった俺だが、わからないわけがない。俺はただ首を横に振って答えた。直後に父さんは顎を下へと二回動かす。


「そうだ。だが、貴子の母親は、残念ながら貴子を産んでから、妊娠できない身体になってしまった」

「えっ……」

「そうなるともう男児は望めない。そんなときに、貴子の家が出した結論は――めかけを取って、男児を産ませること」

「!!!」


 父さんの言葉は、淡々とした口調とは裏腹に、かなり衝撃的な内容であった。しばし呆然としてしまった俺を見て、父さんは表情を引き締めてからさらに事情説明を継続する。


「現代の一般常識からはかけ離れたやり方でしかないがな。しかも、妾まで一緒に暮らしていたというから、驚きだ」

「……すごくギスギスした家庭になりそう」

「はは、まあ違いないだろう。そうして生まれたのが、貴子の妹の慶子であり、弟の晴一はるいちだった」


 つまり、慶子さんは貴子義母さんの腹違いの妹――ということか。だけど、さりげなく明かされた新情報に、俺は一瞬混乱してしまう。


「……弟?」


 ――――貴子義母さんに弟がいた、ということは知らなかった。


 由里に誘われ保養所に行ったとき、目にした集合写真。実はあれはかなり貴重なものだったということは、今までの父さんとの会話から容易に推測できる。


 だが、その写真には、少なくとも幼い男の子は写ってなかった。写ってなかったはずだ。

 それに、鉄平さんから教えられた情報でも、先代専務、つまり貴子義母さんと慶子さんの父親には、長女次女三女の三人のことしか告げられてなかったわけで。


「貴子義母さんと慶子さんに、さらに弟がいたっていうのは、はじめて聞いたんだけど……」


 おそるおそる尋ねる俺に、父さんは一瞬躊躇するそぶりを見せたが、それでも事実を隠さず教えてくれた。


「……ああ。幼くして亡くなったからな。自動車事故で」

「ええっ!?」

「妾とその晴一という男児が、一緒に車に乗っていて、事故に遭った。二人とも即死だったと聞いた」


 またヘヴィーな事実。俺の疑問を解消する父さんの回答が予想だにしない斜め上の方向へ飛んでいく様に、どう反応していいのかわからない。


「後継ぎとなる男児を失い、家の中はまた荒れたらしい。その時、すでに夫婦仲が険悪であった正妻は実の娘である貴子を連れて、大奥酒造を離れたようだが」

「……」

「次期社長となる貴子の父親が急死したりいろいろ問題が重なったせいで、結局経営者の血を引く貴子が呼び戻され、会社の後を継ぐ婿養子と婚姻関係を半ば強引に結ばされる、ということになったようだな」


 そこまで言って、父さんが手元のグラスを口へと運んだ。氷が半分以上溶けたせいで、バーボンのロックが水割りのように薄まっている。


「……ごめん。ちょっと考えまとめさせてもらっていい?」


 俺は一言そう告げて、脳内の整理整頓を始めた。


 ――――つまり、貴子義母さんと慶子さんは、腹違いの姉妹。


 そして、さらに義母さんには腹違いの弟がいたけど、幼いころに亡くなっている。


 そのあと義母さんの父親が急死し、慶子さんもどこかへ行方不明になったから、あとを継ぐ人間がいなくなった。


 仕方なく、家から離れていた義母さんが無理やり呼び戻されて、俊哉さんであろう後を継ぐ予定の婿養子と結婚させられた。


 ――――まとめるとこんなところか。


 由緒ある家柄に振り回された人生、って……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます