カゾクッテナンダロウ

 ――――美久と約束していた、要子おばさんのところへ一緒に向かう前日の夜。


 俺は、香織が寝静まり、貴子義母さんが風呂に入っている隙を見計らって、ひとりリビングでバーボンのロックを愉しむ秀人父さんに話しかけた。


「……父さん、ちょっといい?」


 カラン、と氷がグラスを叩く音で、父さんが返事をしてきた。俺は父さんの向かいに座り、何から尋ねたものかと思考を巡らす。


 そして、思わず出てきた言葉は。


「……父さんは、どこまで知ってるの?」


 全く要領を得ない抽象的な質問であった。


 普通に考えたら、誰のことをとか何のことをとかわからないと答えようもない問いかけのはずではあるが、父さんはあっさりと言い放つ。


「少なくとも、真一が知っていることは俺も知っていると思って間違いない」


 妙に納得する回答だ。まあそりゃそうか。貴子義母さんといろいろ話をしただろうし、夕子さんという情報提供者もいるし。


 質問の仕方を間違えたのは明らかなので、俺は仕切り直しを試みることにした。


「……じゃあ、貴子義母さんや、香織はどこまで知ってるの?」


 俺の質問で、父さんの表情が少し険しさを増した。


「……貴子や香織に直接訊けばいいじゃないか?」

「それはそうかもしれないけど……もしも、義母さんや香織にとって触れないほうがいい話題だったら」

「…………」

「もしもそれに触れてしまったら、笑顔が消えてしまう変化を見せることは……避けたいと思って」

「合格だ」


 先ほどとはうって変わって歯を見せて笑う父さんが、この前の避妊具事件で阿修羅のごとき表情を見せた人間と同一人物とは思えなくなる。そのくらいの違和感であるが。


「貴子も香織も、俺たちにはわからないくらいつらい思いをしてきた。それを安易な好奇心で思い出させちゃいけない。世の中には、忘れ去るしか対処法がない過去ってのもあるからな」

「……」

「前に貴子の事情を俺に尋ねてきた時は、おそらくおまえの中では好奇心がはるかに勝っていたのだろう。そこでもし、俺に訊くより先に貴子や香織にいろいろ過去を根掘り葉掘り聞いていたとしたならば、俺はお前を折檻するつもりだった」


 こわっ。元ヤンキーの折檻、こわっ。危うく好奇心に殺される猫になるとこだった。


「自分の好奇心を優先して、他人を不幸にするのは最低の人間のすることだ。真一がそんなふうに思ってくれたことは、素直に嬉しいぞ」

「……」

「……二年だ」

「えっ?」

「貴子の心を溶かすのに、二年かかった。だから、今の幸せな状態をおかしくしたくない」


 父さんの言葉には、確かに貴子義母さんに対する愛情が含まれていた。だからこそ、俺はその重みに負けそうになる。


 ――――確かに、父さんと義母さんがどのように愛を深めていったのか、俺は詳しくわからない。


 香織のことで頭がいっぱいでそれどころじゃなかったのだが、義母さんのために深く知りたいと思わなかったのも確かだ。自分のためだけに、好奇心を満たすためだけに、だった気がする。


 俺は急に自分が恥ずかしくなった。なにが、新しい家族だ。

 義母さんについて知ったのは、偶然に朝斗が我が家にやってきたときのことと、夕子さんに話の流れで聞いたことだけ。それすらもその場しのぎの取り繕いだけで済ませて、深く理解しようとしなかった。


 俺の脳内思考が見え見えだったのだろう、父さんはしばらく黙った後に、優しく俺に語り掛けてくれた。


「……少し、貴子の話をしようか」

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