やみのなかのしちゅー

 我が家へ帰宅すると、香織が出迎えてくれた。


「兄さん、お帰りなさい。どこかに寄り道してたんですか?」

「……ただいま。ああ、少し野暮用でな」

「……まさか、え、えっちなことなんか、してないですよね?」

「するか! 香織は俺を何だと思ってるんだ!」

「え、ええ、えっちな兄さんも、好きですよ……?」

「だから誤解受けそうな発言は勘弁して……」


 なんでちょっと遅れて帰ってきただけで、そんな邪推をされなきゃならんのだ。


 やっぱり香織は、あの避妊具の件から少しおかしくなっているようにも思える。

 やたらと性的な妄想をするようになったというか……お年頃だから仕方ないにしても。


 ――――まあ、それは俺に危害が加えられなきゃどうでもいいような気もする。


 が、今はとにかく、夕子さんからもらった要子おばさんの住所をどうするか、それが問題だ。

 なんとなく、美久ひとりでそこに向かわせるのは危険な感じもするし。


「あ、もうすぐ晩御飯です。今日はシチューですよ」

「……おう。楽しみにしてる。香織も手伝ったのか?」

「は、はい。みんなで泊まった時の、美久さんの料理の腕前にあこがれて……わたしも作れるようになりたいな、って」

「そうか。がんばれ」


 ――――シチューか。最近、『恐怖! シチュー女!』というホラー小説を『小説家になりませう』というサイトで読んだから、シチュー女が出てきそうで何となく怖いけど。まあ、せっかく香織が作ってくれたものだし。


「兄さんの胃袋を掴めるように、が、頑張ります」

「…………」

「そ、そしてデザートには、わ、わたし……なんちゃって、きゃっ」

「……とりあえず、いったん部屋に戻るわ」


 着地点はやっぱりそこか。半分呆れ、半分恐怖で俺はその場を離れた。ある意味、シチュー女登場より怖いわ。


 ―・―・―・―・―・―・―


 晩御飯を食べ終わった後、俺はベッドに横たわりながら幸蔵おじさんの話を思い返していた。


 美久の中の秘密のこと。俺も詳しくは知らない、美久の感情。


 一緒に暮らしていたからこそ、幸蔵おじさんはいろいろわかることもあるのだろう。

 それが、俺に対しては隠していることだとしても。


 ただ『好き』だとか、『えっちしたい』だけではぜったいにわからないその気持ちは、まだまだたくさんあるはずだ。


 俺はたぶん、そのことをもっと知らないと、美久に対して答えは出せない。そんな気がする。


 ――――おかしな話だ。あれほど一緒にいたのにな。


 美久がわざと隠していたのか、それとも俺が単に鈍感で気づかなかっただけなのか。

 多分、どちらも不完全な意味での正解だ。


 きっと、近いうちに美久と、お互いのことを再確認しなければならない時が来るだろう。


 それでも俺は自信がなかった。

 美久に対して答えを出せる、という自信が。


「……まったく、優柔不断にもほどがある」


 考え込むうちに、スマホにメッセージが届く。相手は――シチュー女ではなく、案の定美久だった。


『よければ、今からいつもの公園で、話できないかな』


 メッセージはそれだけだ。

 きっと――――幸蔵おじさんが、いままで話してなかったことを美久に話したに違いない。


 ホラーな展開にならなきゃいいけどな。そんなことを心配しつつ、俺は着替えもそこそこに玄関まで移動した。


「……兄さん? どこかへ行くんですか? もう夜ですよ?」

「ああ、ちょっとコンビニまでジュースを買いにな。すぐ帰ってくる」


 香織の追及を受けると長そうだ。適当に流して、出発しよう。


「……気を付けてくださいね」

「ありがとう。ちょっと行ってくる」

「…………」


 バタン。


 俺は夕子さんから渡されたメモをポケットに突っ込み、美久に呼び出された公園に向かった。


 ―・―・―・―・―・―・―


 公園内は、電灯の周囲以外は暗さで人の顔すらうまく識別できないくらいだ。今日は月が隠れているせいもあるだろう。


 そんな中、美久の姿を必死に探すと……人影らしきものが、電灯から少し離れた場所にあるブランコとともに、前後に揺れているのに気づく。

 俺はすぐさま近寄り、確認だけ最初にしてみた。


「……美久か?」


 肯定はなかったが、問いかけた俺に意識も向けずひたすらブランコを揺らすさまは、否定でないことは明らかだ。


 きーこ、きーことブランコがあげる音だけが耳に届く中、そのまま身体を揺らす美久の横まで歩く。


 それでも、美久はずっと下を向いたままだった。

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