ひっしでせっとく

 リビングに残された俺と香織。香織はわかりやすく言えば、『あうあうあー』みたいな表情をしている。


「……詰めが、甘かったです……」


 無念そうなつぶやきである。だが、ここは心を鬼にして、香織を問いたださなければなるまい。


「香織、どうしてだまって危険物アレを持ち去った」


 俺の糾弾にハッとした香織が、赤くなって消えそうになりながら謝罪をしてきた。


「ご、ごめんなさい、兄さん。つい、ショックだったのと嬉しかったのとで、気が動転して……未使用ときいて安心しましたけど」

「……どういう意味だ」

「に、兄さんが、だれかと危険物を使ってしまったのかというショックと、これさえあればわたしが兄さんとしても妊娠を気にすることがないという嬉しさと……ということです」


 妊娠を気にする必要なんか、最初からないぞ。そんな行為やらないからな。俺だって命は惜しい。

 まあ、あきれてものも言えない、というほどではないのだが、美久は危険物をなくして泣いていたし、叱るべきところはちゃんと叱らねば。


「香織。だからといって、他人の物を勝手に持ち去っていいと思うのか。単なる泥棒と相違ないぞ」


 泥棒、というパワーワードに反応し、香織が目に見えてしおしおとなった。


「あぅぅ……ほ、本当にごめんなさい。夕子さんにも謝らないと……」

「……へっ?」

「だ、だって、危険物ひにんぐは夕子さんのものですよね」


 あー……ま、美久のとは言えないか。まだ誤解しているなら都合がいい、そのままにしとこう。


「ま、まあ、夕子さんには父さんから連絡がいくんじゃないのかな。別に謝らなくてもいいと思うぞ」

「でも……」

「それに、香織は連絡先を、夕子さんのも朝斗のも知らないだろ。機会があったら俺から謝っておくから、今日のことは忘れよう。な?」

「は、はぃ……」


 香織が朝斗の連絡先を知らなくて助かった。ちょっと納得はしてなさそうであるが、このことは早く忘却の地平線へ流したい。


「とにかく、疲れた。今日はもう休もう」


 とりあえずこの話題に一段落つけようと休息を提案するが、香織がなぜか抵抗してくる。


「えっと……じゃ、じゃあ、わたしはちょっと買い物に……」

「疲れてないならいいが……なにを買いに行くんだ?」

「それはもちろん、ス、スキ」

「おいちょっと待て。それは今すぐに買いに行かなきゃならないものか」


 不審な文字を聞いて、慌てて問いただす。いくら没収されたからといって、今すぐ補充しなければならない必需品でもあるまい。少なくとも俺と香織には。


「だ、だって、うかうかしてたら夕子さんが兄さんのはじめてを」

「んなわけないだろ!」


 俺、『未経験です』って教えてないはずなんだけど。――――いや確かにね、それはバレバレだろうからとりあえず置いとくとしてもだ。そういうのって段階を踏んで経験するものじゃないのか、普通。どうしていきなりすっ飛ばすんだ、義妹(かおり)よ。


「……それに、どうせ早かれ遅かれ使うものですから」

「…………」


 やはりアレは、いろいろな意味で香織には触れさせてはいけない危険物だったようだ。実物を目の当たりにしたことで妄想が現実に近くなったというのだろうか。だから帰りのバスの中でずっとボーっとしていたのかもしれない。


 ――はぁ、仕方ない。度胸なら俺より上なはずの美久に『もう一度買う度胸ない』と言わしめた、その恥ずかしさを軽く想像させてみることにしよう。


「まあいい。使う使わないはともかく、別に買うのは自由だ。だが、店で堂々と買ってこれるなら、だがな」

「………………」


 香織が下を向いて黙り込んで、何かを考えているようだ。さあどうする、買う恥ずかしさは現実だぞ。


「え、ええと、き〇この山なんかを上に乗せて、重ねて買えば……」

「エロ本買うのと一緒で、そんなことしても店員に読み上げられるパターンだな。『ありがとうございます、サ〇ミオリ〇ナル、千円です』みたいに」

「…………」

「ちょうど今は休日の買い物タイムで、店もにぎわっていることだろう。後ろに並んでいるおばさんなんかが買うところを見て、『あらやだ、この子かわいい顔して、気持ちいいことやりまくってるのねー。どんな声をあげるのかしら、聞いてみたいわー』とか考えるんだろうなー」

「………………」

「たまたま学校の先生なんかが買い物に来ていたりして、偶然遭遇しちゃったりなんかして。明日には職員室に呼び出されたりして、学校中に噂が立ったりするんだろうなー。『香織ちゃん、とぼけた顔してやりまくってるんだって』なんて」

「…………あ、あぅぅ…………」


 香織が消えそうなくらい小さくなった。はい、説得完了。――――なるほど、そう考えれば、一本松市という地元から離れたところだったから、美久も買うことができたに違いない。


 香織に危険物ひにんぐを持たせたら美久以上に危険な気がしたので俺も必死になったが、この様子ならしばらくは購入を躊躇するだろう。とりあえず一安心。


 香織は、何を焦ってるんだろう。今は夕子さんの危険物と誤解をしているからまだいいが、実はあれが美久のもので、危うく事に至る直前まで行ったと香織が知ったら――――どんな暴走を見せるのか考えるだけで恐ろしい気がする。


 ……………………


 ……ひょっとして俺、以前のぱんつ口内突っ込まれ騒動がトラウマになってるんだろうか……?

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