きけんぶつのゆくえ

「真一……どういうことだ。説明しろ」


 俺と香織は、リビングにて父さんに睨まれている。香織が青ざめながら、『あうう……』とうなっているが、弁解の余地などない。


 ――――というより、危険物ひにんぐを落としたのは香織だというのに、なんで俺に訊いてくるんですか、父さん。


「いや、俺は……」


 否定しかけて、はたと思い直す。香織に全責任を負わせるのは、あまりに酷だよな、と。

「ごめんなさい。あれは、知っている人にもらったものを、俺が香織に渡して……」

「……」


 俺が香織をフォローしつつそのように言い訳をすると、父さんが腕を組んだまま、何かを考えるそぶりを見せた。


「ご、ごめんなさい。兄さんは悪くないです、わたしが好奇心に負けて、つい持ってきちゃって……」


 香織があわてて俺の言い訳を横から訂正してくる。父さんは香織を一瞥したが、一言もしゃべらないままだ。――――だがそのとき、様子が阿修羅から人間にランクダウンしたのはなぜだろう。


「……わかった。みなまで言うな。ったく、ゆうちゃんにも困ったものだ」

「……はい?」


 黙っていた父さんの口からいきなり夕子さんの名前が出てきて、俺は少し戸惑う。が、父さんは俺のそんな様子に気づかず、『謎は解けた』ふうな口調でつづけた。


「わかっているよ。おそらくゆうちゃんから渡されたんだろう? そして……」

「…………」 


 そして、の後を聞くのが怖い。よくわからないうちに父さんの怒りが静まってきたようだけど。


 夕子さん、ごめんなさい、冤罪です。言葉を濁した部分はたぶん間違ってはいないけど、さすがに夕子さんに責任をなすりつけるわけにはいかないので、ちょっと父さんに質問をしてみることにした。


「父さんと夕子さんって、どういう関係なの?」

「…………」


 その質問の直後に、父さんの顔が『話したくない』とばかりにゆがんだのを俺は見逃さなかった。


 ――――まさかとは思うが、いや――――ひょっとすると、父さんですら夕子さんにはかなわないのではないか、そんな気がする。


「真一、おまえ、嘘は言ってないんだよな」


 父さんがごまかすように話の方向を転換してきたので、推測が確信に変わった。俺はそんなことを考えていたせいで、返答が一瞬遅れる。


「は、はい。だからそれは、俺や香織が買ったものじゃなくて……」

「そっちじゃない。ゆうちゃんと何もなかった、ってほうだ」

「…………そりゃ、もちろん」


 はっきりと頷く俺を確認して、父さんは安心したようにコーヒーを口に運ぶ……のだが。


「……義父さんと夕子さんは、何かあったんですか?」

「ぶはっっっっ!?」


 義理の娘からの燃料投下。香織、空気読め。あーあ、見ろ、父さんがコーヒー吹いてらしくもない狼狽ぶりを見せちゃったじゃないか。


「な、ななな、ななななな何を言ってるんだ香織は、まったくおちゃめな奴め、はっはっはっはっはっはっはっは」


 こんな父さんを見るのは初めてだ。いや、できれば見たくはなかったんだけどなあ。うん。


「と、とにかくだな、危険物これはお前たちにはまだ早い。父さんが預かっておく」


 父さんがテーブルの上を雑巾で拭きながら、危険物を没収する様に、即座に反論する香織。


「えっ……もし、兄さんとそういうことに至ったら、なしでしろっていうんですか……?」


 今度は俺と父さんがそろって前のめりになった。テーブルに顔面を打ち付けて痛い。――――いや、そうじゃない。頼むから俺を巻き込むなよ!


「真一……おまえ……まさか……すでに……」

「冤罪冤罪! 俺は無罪イノセント!」


 二回目の疑い来たコレ。これに関しては自分の立場にかかわることであるがゆえに、即座に否定させてもらおう。

 夕子さんに心の中で冤罪の件を謝罪しつつ、俺が手を左右に必死で振ると、父さんの顔が再び険しくなった。


「本当だな? 命、賭けるか?」


 父さんに真剣な顔で睨まれる俺。――あかん、父さんが混乱のあまり小学生化している。

 なんでこんな発言に命まで賭けなきゃならんのだろうか、と冷静になったところでどうしようもないわ。この状態を切り抜けるには頷くしかあるまいよ。


「俺の命だけじゃ足りないなら、香織の命も賭けてもいい」

「兄さん、巻き込まないでくださぃ……」


 香織が不満そうにつぶやいたが、無視。先に俺を道連れにしたくせに何を言うか、まったく。


「……まあいい。真一を信用しよう。もう一度言うが、これは俺が預かる。おまえたちは学生なんだ、節度は守れ」


 父さんは、そう言いながら危険物を手にして、自分たちの部屋へと向かう。


「あ、はい。なんなら義母さんと」


 ――――使ってもらっても構いません、とは言えなかった。だって、途中で父さんが阿修羅に戻って振り向いてきたから。


 バタン。


 父さんが、いや阿修羅が自分の住処へと戻った。真面目に寿命が縮んだわ。痩せても枯れても、さすがは伝説のヤンキーといったところか。


 ………………………………


 ――――もう、話できる状況じゃないな。どーしよう。

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