きえたきけんぶつ

 余震を数度経験しつつ、朝。


 なんとなく人の気配を感じたので目を開けると――――なぜか、香織がいた。呆然と立ったまま硬直しているようだが、後ろ姿なので表情がわからない。


「…………香織?」

「ぴゃっ!?」


 俺が名前を呼ぶと、香織は小さく飛び上がって、何かを隠すように振り向いてきた。


「おはよう。どうかしたのか?」


 香織の顔が半分赤くて半分青いように見える。寝不足だからか。


「な、な、なんでもありません! に、兄さんを、起こしに来ただけです……」

「……? いや、なんでもないならいいけど」

「は、はい、なんでもありません。ありません。ありませんよ」

「…………」


 泳いでいる目といい焦ってるような話し方といい、なんでこんなに挙動不審なんだ、香織は。――――まあいい、眠くて頭がよく働かないから、無理に考えるのはやめよう。


 寝付いたのは外が明るくなってからだったので、二、三時間くらいしか寝れなかったわけではあるが、余震のおまけつきで悶々としたあの状況から曲がりなりにも寝付けたことは奇跡だ。


「じゃ、じゃあ、わたしはこれで」

「…………おう」


 香織は、俺が目を覚ますとすぐに竹の間から出て行ってしまった。いったい何しに来たんだろうか。起こしに来たなら声くらいかけるもんだろうに。


 まだ冴えない頭でぼんやり考えるふりをしていると、香織が去ったすぐ後にまた襖が開き、違う訪問者が現れた。美久だ。


「真一、おはよう。……あのね」


 美久が襖に手をかけたまま話しかけてきた。よく見るとくまらしきものが目のまわりにある。どうやら美久も寝れなかったらしいな……とのんきに思っていたが。


「おはよう。どうかしたか?」

「……ついさっき気づいたんだけど、昨日、この部屋に忘れ物しちゃって……」

「何をだ?」

「………………」


 寝不足な顔を、不健康な赤色に変えて黙り込む美久の様子で、俺はすべてを察した。

 未開封なままだと思うが、昨日この部屋に持ち込まれた危険物――――避妊具を、無言のままふたりで必死に探すも、どこにも見あたらない。


「一個だけじゃないのか?」

「……三個入りのを箱で買って、ここで開けたんだけど……箱ごとなくなってるみたい」

「なんだと……」

「……どうしよう……」


 探したけれど見つからないからといって、現実逃避して二人で踊るわけにはいかない。布団をたたみ、さらなる捜索に必死になるも、結局徒労に終わった。


 ふたりとも泣きそうになった。これだけ探してもないということは、もしかして誰かが持っていったのだろうか。


 ――――って、該当者ひとりしかいないじゃん。


 ……………………


 いやさらに待て。たとえアレを持ち去ったのが香織だったとしてもだ。『昨日、美久と使うはずだった避妊具を返せ』って言えるはずなどなかろうもん。


 …………はあ。仕方ない、折を見て追及するしかない。まだ確定ではないし。


 香織が美久以上に危険な持ち主にならなきゃいいけどな、などと危惧しながら美久のほうに注目してみると、なぜかガチ泣きしていた。


「……買うのも死ぬほど恥ずかしかったのに、もう一度買う度胸ないよ……」


 そう漏らした美久に対しては推測を告げない方がいい、俺は瞬時にそう判断し、聞かなかったふりをして捜索をうやむやのうちに切り上げさせた。


 ――――まあそりゃそうだわな。『これから気持ちよくなります』とか宣言してるようなもんだし、恥ずかしいに決まってる。百戦錬磨ならともかく、俺も絶対買えん。


 だが、ひょっとすると、これで美久の暴走は回避できるかもしれない。そんなことを思う俺は、卑怯か。なあなあのまま、未だに美久への答えを出せないままである。


 どう伝えるべきなんだろう。はっきりと今の気持ちを伝えるとすれば。


 ――――もう少し、待っててくれないか。


 果たして、それで美久が納得してくれるだろうか。

 いつになく弱気な考えの俺は、結局何も言えないままだった。

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