なやみはつきない

 風呂イベントもなんとか無事終わり、ひとり、浴衣姿で竹の間に敷いた布団の上に寝転がりつつ、今日の出来事を漠然と思い返す。


 美久の母親、要子かなこおばさんとの予期せぬ再会。要子おばさんが浮気相手の子供を妊娠していたという、衝撃の事実。


 貴子義母さんの妹、慶子さんにまつわる数々の謎。失踪の理由、そして由里の父親、智史さとしさんとの関係。


 智史さんが、大奥酒造を乗っ取った理由。夕子さん曰く、智史さんを動かすのは憎悪の感情ということらしいが、それはどこから湧いてきているのか。


 貴子義母さんと慶子さんの実の父親の死因。なぜ隠匿しなければならなかったのか。


 そして、夕子さんはどうやら美久のことを知っているようだが、いったいどこで。


 大ざっぱに挙げるだけでもこれだけある。ここまでいろいろ変なイベントばかりだと、秀人父さんが突然泊まることを容認してきたのも、家で何か問題が起きているからだ、と思えてきた。


 両手を頭の下に敷きながら寝ころんでいると、汚い天井しか見えない。ちょっと視線を横にそらすと、さっきひっくり返した写真入りの額縁が目に入ってきた。


 慶子さんのことを――――どうやって調べたらいいだろう。一番いいのは貴子義母さんに訊く、次に父さんに訊く、なのは明らかだが。そんなところぐらいしか調べようがないかもしれないし。夕子さんですら後を追えなかったのだから。


 俺にはっきり訊く度胸があれば、の話だけどな! 父さんならともかく、貴子義母さんに直接訊く度胸はない。そこが大問題でもある。


 ……………………


 ……だが、もしかすると、気まずくならずに訊けるかもしれない、訊くだけなら先の二人より都合のいいかもしれない相手が、もう二人ほど思い当たった。欣じいこと、須藤欣次すどうきんじさんと、恭平きょうへいの父親である、菱本鉄平ひしもとてっぺいさんだ。


 駅前で欣次さんと一緒にいて、突然香織を抱きしめた女性は、ひょっとすると慶子さんではなかったかと、俺は疑っていた。なぜ香織を抱きしめたのかはわからないけど。久しぶりに会った姪っ子が愛おしくなったのか、それとも別の理由があったのか。


 あと、鉄平さんは、なぜか慶子さんの名前を知っていた。これは単なる直感だが、鉄平さんは、慶子さんが失踪した理由を知っている気がするのだ。


「……頭、パンクしそう……」


 無意識に出たひとりごとを誰かに聞かれたら心配されそうだな。などと思いつつ苦笑いしていたら、部屋の外側から突然俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「しーんちゃん、ちょっといいかい?」


 いつの間にか『しんちゃん』呼びをしている夕子さんが、これまた浴衣姿で竹の間に乱入。胸の谷間が見えて少しドキッとしたが、今はそれどころじゃないと思い直し、平静を保つふりをする。


「こんな夜遅くに、どうかしましたか?」

「ん、いや、ちょっとお願いがあってね」


 夕子さんが両足をそろえて畳に座る。俺は上半身を起こして、夕子さんに向かい合う姿勢をとった。


「無理難題や卑猥なお願いでなければ」

「ヒワイってなんだい!? ……まあいいや、まじめな話だよ」

「……はい」

「朝斗と、ついでに由里を泊めてくれたお礼をしたいから、美久ちゃんの家に行きたいと思うんだけど」


 律儀な話だった。さっき、いきなり全裸になろうとした人と同一人物とは思えない。


「……しんちゃんは、美久ちゃんの事情、知ってるのかい?」

「えっ!?」


 夕子さんは美久と顔を合わせたのは、今日が初めてのはずだ。だが、さっきの初対面のときの夕子さんの顔芸といい――昼に話したときに感じた違和感といい、今の質問内容といい、夕子さんは美久のことを知っているのは間違いないだろう。




『お礼に、美久ちゃんのお父さんに、三発くらいサービスしてあげようかな? たまっているだろうし』




 たぶん、夕子さんは、美久の父親――――幸蔵こうぞうおじさんが、今は独りだということも理解しているはずだ、この様子からして。

 そして、『美久の事情』とは、たぶん要子おばさんにまつわることに違いない。


「単刀直入に聞きますけど、それは、美久の家の家庭内事情、ということですか?」


 夕子さんは頷いた。俺の喉が、思わずゴクリと鳴ってしまう。


「美久ちゃんの母親は、たぶん今一緒に暮らしていない。だよね?」

「……はい、その通りです。たまたま……たまたま、今日、偶然美久と美久のお母さんがバッタリ再会して、一時はだいぶ気まずくなりました」


 今日の出来事を簡潔に伝えると、こんどは夕子さんの顔にびっくりマークが浮かんだ。


「……何それ。この近くで?」

「はい、ニヨニヨ共和国の、温泉プール内でたまたま、です」

「ははっ、なんて偶然だい。――――要子も、一周忌が過ぎるまでいろいろ大変だったから、おおかた子供でも連れて息抜きにきたのかな」

「!」


 かなこ、と夕子さんははっきり言った。誰も教えてないはずの、美久の母親の名前。夕子さんはなんでそこまで知っているのか。


「――――って、一周忌?」


 ポロッと夕子さんが漏らした言葉の別の部分に、また新しい疑問が浮かぶ。確か、要子おばさんは、前は天涯孤独の身だったと、誰かから聞いた記憶があるが……


 俺が聞き返すと、夕子さんはあっさりと衝撃の事実を告げてきた。


「ああ。要子の内縁の夫の、一周忌さ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます