ごはんおふろわたし

 晩飯の結論から言おう。親子丼は美味かった。ふわとろの卵に、固すぎない鶏肉。美久はまた腕を上げたな。


「ごちそうさまー! 美久ちゃん、料理上手だね。ウチに嫁にこないかい?」

「ゆ・う・こ・さ・ん?」

「いや、割と本気で言ってるんだけど……アタシより上手だよ」


 夕子さんの冗談にも慣れてきた俺がいる。決して幸せとは言えない境遇なのに、底抜けに明るくて前向きな人だ。


「ごちそうさまでした! おいしかったです! 美久さん、今度僕に料理を教えてください!」

「文句のつけようのないお味でしたわ。この前いただいた肉じゃがも絶品でしたし……」


 続いて朝斗と由里にも絶賛され、美久は照れ笑いだ。――幸蔵おじさん曰く、美久は機嫌のいいときしか肉じゃがを作らない、とのことだったが――朝斗と由里が泊まったときは作ったのか。

 そんなに機嫌良さそうには見えなかったけどな、あの日。


「うう、こんな美味しい料理を出されたら、兄さんの胃袋が捕まっちゃう……本妻はわたし、わたしが本妻……」


 香織だけが、複雑な表情をしながらひとりごとをのたまっているようだ。不穏ワードが聞こえてきたのは当たり前のようにスルーで。

 最近、香織との接し方がわかってきた気がする。義妹ソムリエになれる日も近いだろう。


 俺の親子丼だけ大盛だったせいで、食べ終わるのは俺が一番最後だった。昔は早食いの習慣がついていたのに、香織と仲良くなってからは逆にゆっくり食べるようになった。消化のためにはその方がいいのだろうが、そのせいか最近またまた体重が増えたように思う。


「ごちそうさま。美久、美味しかったよ」


 完食した俺が感謝の意を示すと、美久はポニーテールの下にあるうなじまで真っ赤にしてうつむいた。夕子さんが『このモテ男!』というような目で俺の方を見てきたが気にしない。


「料理を食べてもらった相手に『美味しかった』って言われると、本気で嬉しいね……お粗末様でした」


 美久がうつむいたまま、みんなに向けて軽く礼をした。――幸蔵おじさんは『美味しかった』って言わないのだろうか。感謝はしているとは思うが。何せ、要子かなこおばさんがいなくなってから、美久がおさんどんを毎日やっていたのだからして。


 有田家の家庭の事情、か。要子おばさんのことを思い出すと、プールで起きた一件のことが気になってしまうが――今は、とりあえずおいとこう。


 よけいなことを考えないように何か仕事しようと思い至り、空になったどんぶりを下げて洗おうとしたら、夕子さんに止められた。


「ああ、いいよいいよアタシが洗うから。今日は何もしてないし、これくらいはね」

「……ありがとうございます」


 結局、俺にできる仕事はなかった。鼻歌交じりで洗いものをする夕子さんに礼を言ってから、居間らしきところへ戻る。


 さて、あとは風呂に入って寝るだけなんだが……


「ところで、この保養所、風呂が男女分かれている、なんてことはないよな?」


 民家を流用した保養所だ、おそらく風呂場も普通の民家並なんだろうと予測し、持ち主に伺ってみた。


「残念ながらひとつしかありませんわ。浴場だけは改装して広いのですが、交代で入るしかありませんわね」


 予想通りの回答。よし、ならばどんな順序で入浴するかである。


「じゃあ、俺が一番先に入ってもいいか?」


 俺がそう言うと由里が嫌そうな顔をした。もちろん、一番最初を希望したのは理由があるのだが。


「小十郎の後に風呂に入ると、何か変なものがお湯に浮いていそうですわね」


 由里のその言葉に、朝斗と香織が目を輝かせながら顔を真っ赤にした。どういう心境なのか理解しかねる。


「あ、あ……真一さんの、……毛、とか……」

「……開放感に負けた兄さんが、ついついお風呂で……湯船には白いものが浮いてたりしたら……わたし、絶対妊娠しちゃう……孕んじゃう……どうしよう……どうしよう……」


 ふたりとも身をくねらせている。朝斗はともかく、香織、おまえもか。


 だいいち俺はそんなことしないし、妊娠もしない、とか説明するのも億劫なことこの上ない。

 しかし、同い年なはずなのに、なぜ不埒な妄想が朝斗と香織でこうも違うのか。朝斗くらいなら許せる、いやむしろ健全だと思った俺はかなり毒されてきている、香織に。


 ………………


 まさか朝斗のやつ、俺の家に泊まったとき、俺の毛を探したりしてないよな。……あ、大丈夫だ。朝斗より俺の方が後に入っていた、あの時は。


「でも、なんで最初がいいの? こういうときって真一はレディファーストよね、たいてい」


 俺の主張に疑問を抱いたのか、美久が質問をしてきてくれた。よくぞ訊いてくれたとばかりに、俺は理由を述べる。


「いやそりゃ、どっかの金髪に風呂の中でしーしーされたらむがっごっごっ」


 残念ながら、答え終える前にどっかの金髪ウィズ縦ロールに口を塞がれた。


(何しやがる、てめえ)

(よけいなことは言わなくてよいですわ!)

(言われて困るようなことすんなよ!)


「…………?」


 脳内で直接やりとりする俺と由里を見て、首をかしげる美久。

 まあ、順番が由里より前であれば俺はかまわないのだが、このあとさらっと美久が漏らした言葉が、とんでもない事態を招くことになる。


「じゃあさ真一、昔みたいに一緒にお風呂入ろっか?」

「「「えっ!?」」」


 禁忌ワード『一緒にお風呂』を聞いた、香織、朝斗、由里、三人の顔色が一斉に変わった。……いやあのね、最後に一緒に美久と風呂入ったのって、小学校一年の時なんですけど。俺の記憶が正しければ。


「み、美久さんが一緒したのなら、本妻のわたしも一緒しないと……」

「し、真一さんと、あ、洗いっことか……僕、天に召されそう……」

「美久お姉様の柔肌を……許せませんわ、小十郎ごときが!!」

「……あれ? みんな?」


「………………」


 三人をなだめることは不可能だと悟った俺は、その場で今日最後の願いごとをした。


 ――風呂くらいゆっくりつかりたい。叶えてください、誰でもいいから。

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