おやとこのかんけい

 夕子さんと朝斗が保養所に戻ったのを確認して、俺は父さんに電話をかける。


 が、不在着信だった。出ない。


 どうしたのだろう。取り込み中なのだろうか。まさか、義母さんと――――いやいや、下世話な妄想はやめておこう。


 通話できないスマホをポケットにしまい込んで保養所のほうを見ると、玄関から香織がこちらをチラ見していた。俺が気づいて視線を合わせると、遠慮がちに香織がこちらに寄ってきた。


「兄さん、どうかしましたか?」

「ん、いや。父さんに電話したんだけど、出なくてな」

「そうですか。いきなり泊まりを許してくれるなんて不思議に思いましたが、たぶん……」


 香織はそう言ってから、頬を染めてうつむいた。たぶん俺と同じ、下世話な妄想をしたのだろう。


「………………」

「………………」


 気まずい。というか生々しい。両親のむつみごとなど想像してもろくなことがない。たとえ興味津々なお年頃だとしてもだ。


「……でも、母さんは、幸せそうでよかったです」

「……ん?」


 香織は、前にあるベンチに座ってから、俺に向かってしみじみとそう言った。


「母さん、わたしと二人で暮らしていたときは、心から幸せそうに笑うことなんて、ありませんでしたから」

「そうなのか?」

「はい。わたしのことが、母さんの重荷になっている、それだけははっきりわかっていました。だから、わたしは……」

「…………」

「いつも、自分をいらない子、誰にも必要とされない子。そう思いながら、生きてきたんです」


 香織が、座っている足の間に手をついて、視線を逸らし空を見上げる。俺は、ズボンのポケットに片手をつっこんで、どう返事をするかを少し考えたが、無難な言葉しか浮かんでこない。


「……そんなこと、言うな。義母さんだって、香織のことを大事に思ってる」

「あ、勘違いしないでくださいね。母さんは、優しかったです。いつも」

「……ああ」

「でも、わたしにはわかってました。母さんは……親子だから、じゃなくて、なにかわたしに対して、申し訳なさそうな、よそよそしい気遣いを時折見せながら、優しくしてくれていることを。まるでそうすることが、自分の意志ではないように」

「!」

「それがわかっていたから、そんなことをさせちゃうわたしなんか一緒にいないほうが、母さんはきっと幸せになれる。ずっとそう思ってて、自分のことがどんどんキライになるだけで……」


 香織の独白が痛い。


 たぶん、義母さんの香織への申し訳なさは――――昔の、香織につけた傷にまつわる一部始終に対する、負い目だ。


 きっと、親がどのような気持ちで接しているかなんてことは、どんなに隠そうとしても子供にはまるわかりなんだろう。特に愛情に飢えている子供には。

 実の親子なのに、そんな関係はどうなんだろう、そんなことも考えないでもないが。


「それじゃ、俺が香織と仲良くなるまでの一年間は、さぞかし苦痛だったよな」


 俺は自分の態度に対する反省の意味もこめて、軽い自虐を香織に振ってみると。


「そんなことないです」


 香織は即座に否定し、少し微笑んできた。気遣いによる否定ではないな。うーむ、非難される覚悟で言ったのだが、そういう展開にはならないようだ。一応、俺が悪いのには変わりないので、その方向で会話を継続してみる。


「なぜだ? 自分で言うのもなんだが、ひどかったぞ、俺の態度は」

「兄さんは、嘘偽りの気遣いじゃなく、わたしのために怒ってくれたじゃないですか」

「…………」

「兄さんにとってなんの得もなかったのに、『香織を泣かせた奴はどいつだー! 俺の妹を泣かせておいて、ただで済むと思うなよ!』って、本気で……」

「あ、あはは……」


 香織の回想に、乾いた笑いでしか応えられない。いやーん黒歴史。

 中学生の頃は、後先考えず感情のままに暴れていたからなあ。今は少し冷静に物事を見れるようにはなった気はする。中学生の俺なら、朝斗や由里に対しても最初に噛みついていただろう。


「この人に嫌われたくない、好かれるわたしになりたい……あの時、強く思いました。兄さんに出会わなかったら、わたしはずっと卑屈なままだったかもしれません」

「……そうか」

「えへ。でも、今思うと、気持ちばかり先走って行動が伴わず、自己嫌悪ばっかりでした。勇気を出すまで一年もかかっちゃいましたけど」


 香織の勇気をねぎらうように、頭を二、三度軽く叩いた。香織は少しだらしなく笑ってから視線を俺に戻し、上目遣いで見つめてくる。


「兄さんと仲良くなってから、母さんの申し訳なさが薄れた気がして……」

「それは、香織が幸せだから、じゃないかな」

「……はい! 兄さんのそばにいられたら、わたしは……」


 香織が幸せなら、貴子義母さんの申し訳なさも薄れるから、肩の荷がおりて義母さんも幸せになれる。悪くはないけど、少し危うい幸せだ。


 が、幸せじゃないより、ずっといいに決まっている。


 今の香織との会話で、ひとつわかったことがある。それは――――遠慮されながら愛情を向けられるのは、嫌われるのと同じくらい、つらいということだ。


 ………………それにしても。


 やっぱり、実の親子の関係じゃ、ないよな……

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