けいこさんのなぞ

「……もう、本当、真一くんは秀人さんそっくりだね。優しいところまで一緒」

「いや……」


 夕子さんが泣きやんで、俺の胸から顔を離すなりそう言ってのけた。というか父さんと比べられても……ねぇ。


「でも、真一くん、マジでいい男だね。食べたくなっちゃった。どうだい、アタシと?」

「いやいやいやそれはいろいろまずいですって」


 夕子さんが本気だか冗談だかわからないようなセリフを口走ってきたせいで、俺はおろかにも狼狽する。童貞丸わかりだ文句あるか。


「やっぱ、オバサンじゃだめか……」

「だからそういうわけじゃなくて!」


 否定するがわかってもらえない。確かに年齢的にはオバサンの範疇なのかもしれないが、見た目はじゅうぶん若いし、綺麗な人だ。そりゃ、そんな人にせまられたら焦るだろ、青少年ならば。

 とりあえず、夕子さんに抱きつかれて乱れたシャツの襟元を正し、平静を装う振りをした俺に、夕子さんはさらなる追い打ちをかけてくる。


「でも、真一くんがもし秀人さんと好みまでそっくりならば……真一くんが気になるのは、香織ちゃんかな?」

「ぶっ!!」


 ズバリ言い当てられて思わず吹いた。狼狽はおさまらない。さすがは百戦錬磨の女性。しかもなんかニヨニヨしていらっしゃる。


「あ、図星? まあ、秀人さんも一目見るなり、貴子のことを気に入ったみたいだしね」

「…………夕子さんは、父さんと義母さんが知り合ったきっかけを知ってるんですか?」


 そういえば、俺は父さんと義母さんのなれそめを知らない。夕子さんが思わせぶりなことを言ってきたので、聞き返してみると。


「知ってるも何も、秀人さんに貴子のことを教えたのはアタシ」

「へっ?」

「アタシが智史さとしと入籍して、貴子に嫌われちゃったからね。なんとか貴子の様子を探れないものかと、昔の頼れる先輩だった秀人さんにお願いしたんだよ。アタシが探った情報も伝えられるしね」

「ええええ!?」


 あっけらかんと夕子さんはゲロしたが、こいつはビックリだ。父さんと義母さんの縁は夕子さんが取り持っていたとは。


「――――って、智史?」

「ああ、まだ言ってなかったっけ。今の大奥酒造社長――由里の父親の名前さ」

「…………」

大槻智史おおつきさとし、貴子の敵――――もとは一社員だったのに、のし上がって大奥酒造を乗っ取った男」


 そういえば、さっき由里も言っていたな。自分の父親のことなのに、由里が蔑むように吐き捨てたのは記憶に新しい。


「なぜ、大奥酒造を乗っ取る必要があったんでしょうか。そんなに野心家なんですか?」


 夕子さんは、俺の疑問に首を横に振って答えてきた。


「アタシが調べた限りでは、智史は自分にはまったく執着してない。破滅的で、厭世的。だから、つけいるスキがない。そこだけは、アタシは運が良かったよ。智史が荒れていてスキだらけなときに知り合えたからね」

「…………」

「智史……アイツを動かしてるのは、たぶんだけど――――憎悪だね」

「憎悪? 何に対する、でしょう?」

「わからない。でも、それはたぶん、貴子の妹絡み、だとは思う」

「!」


 さっき夕子さんがチラッと言っていた。


『あの男が愛してるのは……たぶん、行方不明になった、貴子の妹だけなんだ』


 由里も似たようなことを示唆していた。実は、貴子義母さんの妹、慶子さんが、すべての始まりなのかもしれない。


「義母さんの妹は、行方不明になってるんですよね。何故かわかりますか?」

「さあね。アタシもそのあたりいろいろ調べてはみたんだけど、恐ろしいくらいに痕跡が消されてて、調べようがない」

「…………どういうことです?」

「アタシの推測に過ぎないけど、世間に知られるとまずい何かがあったのかもしれないね。貴子の妹には」

「…………」

「そして、貴子の妹が行方をくらます前に、貴子たちの父親が死んでるんだ。これも何か関係あると思う」

「……そう思う理由を、伺ってもいいですか?」

「その死もまた、謎だらけだからさ。死因も不明、どこで、いつ死んだかも不明。事件性はないとはなっているけど……」


 そう言えば、それは恭平の父親である鉄平さんからも聞いていたことを思い出す。確か、死因を公表せず、大事おおごとにするな、って圧力があった、と言っていたような。


「ここまで隠すってことは、もしかしたら、誰か身内に殺されていたのかもね」


 そう言い終わってから、夕子さんは、またタバコに火をつけた。だが今度は、言葉を発せず吸うことに専念している。俺が、夕子さんの推理に対して、何も反論できなかったからだ。


 考えたくはないが――――もし、そのふたつが絡んでいるとするならば。もし、義母さんの父親が誰かに殺められたとするならば――――疑わしいのは、失踪している、義母さんの妹である、慶子さんだろう。


「正直なところ、気が重くなったのさ、アタシは。せっかく敵地に乗り込んでいろいろスパイ活動ができるようになったのに、出てくる情報は貴子を救うどころか、さらに苦しめそうなことばかりで」


 俺が今日何度目かわからない脳味噌フル稼働をしている最中、喫煙を終えた夕子さんがひとりごとのようにか細い声で発したつぶやき。その中に、自分の無力さをこめているように思う。


「……はは、なんでアタシ、真一くんにこんなグチこぼしてるんだろうね。忘れていいよ」


 自嘲気味になっている夕子さんが、見ていて痛々しい。だが、それでも何ができるのか。改めて考えてみよう。


 もし、慶子さんが父親を――――いや、そうじゃなくても何かしらの深刻なトラブルがあったのだったら、当然貴子義母さんが知らないはずはない。その問題をぶり返すのはあまりに酷だ。


 だが、とりあえずは、慶子さん。


 彼女の謎に迫るのが、大奥酒造を取り戻し、みんなが幸せになれる一番の解決方法への近道だとは思う。最悪、慶子さんが実の父親を殺めてしまったのならば、そこには何かしら理由があるに違いないのだから。


 ――――よし。何をすべきか見えたことで、俺は腹をくくることにした。


「そんなことありません、夕子さん。詳しいお話、ありがとうございました。俺ひとりが蚊帳の外、なんてことはいやだったので」

「……知らなかった方がしあわせだったかもしれないよ?」

「それは、何年後かにわかる結果論ですよ。それに、知ってしまったからには、忘れるか乗り越えるしかないし、乗り越えたほうがしあわせになれると思います、忘れるよりも」

「…………」

「だから、本当に――ありがとうございました」


 そう言いながら、深く礼をする。しばらくしてから顔を上げると、バッチリ夕子さんと目が合った。

 最初はきょとんとしていたが、しばらくしてから目を細めて歯を見せる夕子さんに、俺はちょっとドキッとした。


「強いね。さすがは秀人さんの……いや、失礼だね。もういっぱしの男だ、真一くんは」

「そんなことは」

「まったく……アタシの人生、なんでこんないい男と縁がなかったのかねえ」

「……えっ?」

「でもね、口で言うだけなら、誰でもできる。その覚悟を決めたなら、本当に乗り越えて見せな」


 笑顔から一転、真剣な表情になる夕子さん。でも、どこか優しさを感じる。まるで『応援しているよ』と言っているような。

 ああ、やっぱりこの人は、すごく優しくて情の厚いひとだ。


 義母さんだけでなく、夕子さんも救わなきゃならない。俺にそんなことができるかは自信がないけれど、今の言葉はそんな風に思わせるのにはじゅうぶんすぎた。


「そして、貴子を――――みんなを、救ってあげてほしい」

「もちろんです」

「即答か。はは、まるで高校生に戻ったみたいに感じるよ。こんな気持ちになったのは、何年ぶりだろうね」


 夕子さんの嬉しそうな笑いが止まらない。俺もそれにつられて笑い出すと、その様子を見られていたようで、朝斗が駆け寄ってきた。


「母さんも真一さんも姿が見えないと思ったらこんなところにいて、いったい何を話してたんですか?」

「ん? 朝斗は可愛いね、って真一くんと話していたのさ」

「……え、えええええぇぇぇっっっ!?」


 おおう、さすがは百戦錬磨の夕子さん。朝斗をあっさり黙らせることに成功した。……そのかわり、真っ赤になっているけど。


「……ん? ひょっとして朝斗、アンタ……」


 黙ったまま、頬を染めて身をくねらせる朝斗を見て、夕子さんが怪訝そうな顔をしつつ、ため息をついた。だから朝斗、くねくねさせるなよ気持ち悪い。


「はあ、わが娘ながら、勝ち目のない勝負に挑むのはあまりに不憫だけど――ま、頑張りな。アタシは大歓迎だ」

「……夕子さん、いったい何を言っているんですか?」

「いやいや、朝斗なんかどうだい、真一くん? 今なら親子丼できるよ?」

「…………はい?」

「あ、ば、晩ご飯は、親子丼なんですね! ぼ、僕は大好きです!」

「朝斗、アンタは……」

「……なんなんだいったい?」


 よくわからない夕子さんの言葉に思いっきり疑問符を浮かべながら、俺はある決意をした。


 ――――帰宅したら、父さんと話そう。今が話をするべき時だ。

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