こうどうのいみは

「あ、母さん!」


 朝斗がその時、やっと俺の手を払いのけて立ち上がり、玄関先まで向かう。俺と香織もあとをつけていく。


「朝斗! まったくこの子は! 連絡くらいしなさい!」

「……ごめんなさい」


 服はラフだが、赤茶けた短めの髪、キンキラのピアス、化粧もやや濃いめ。ちょっと派手な感じを見た目から受ける。この人が、朝斗の母親――――夕子さんか。

 その夕子さんは、玄関先で立ったまま朝斗を叱りつけた。わりとハスキーな声のせいか迫力があるので、威圧感に負けた朝斗は素直に頭を下げた。


 が。


 謝った直後の朝斗の頭を両手で引き寄せ、夕子さんは朝斗を優しく抱きしめる。


「――――心配、するでしょう」


 そのシーンを間近で見た俺は、朝斗の言葉が間違いでないことを確信した。口調は乱暴だが、あたたかい人であることは間違いない。自分が優しくされたわけでもないのに俺は何となく照れくさくなって、ちょっとだけ斜めに顔を逸らす。


「そう言えば、由里もいるんだっけ。由里はどこに………………って!?」


 夕子さんは朝斗から手を離し、こちらに視線を向けてきてから、しばし絶句した。――――そっか、香織とは旧知の仲だし、久しぶりに会ってびっくりしたのかな、と思いきや。


「……そこのキミ。ひょっとして、矢吹秀人さんの息子さんかい?」

「…………へっ?」


 夕子さんがびっくりしたのは、俺に対してだったらしい。しかも――秀人さんって、俺の父さんのことを、知っている――?


「いや、はい、そうですが。矢吹真一と言います」


 とりあえず軽く自己紹介も兼ねて肯定すると、夕子さんは嬉しそうに目を細めた。


「あー、やっぱりか! すごいね、高校時代の秀人さんにそっくりだね、真一くん!」


 靴を脱いで俺の前まできた夕子さんは、懐かしそうにそう言って俺の手を取ってきた。そしてその時、俺の脇にいる香織にも気づいた。ちんまいから視界に入らなかったのだろうか。


「……香織ちゃんも、久しぶり」

「は、はぃ……お久しぶりです、夕子さん」


 香織に対しては、軽く横を向いてそう言っただけで、夕子さんのテンションが明らかに下がっている。やっぱり、貴子義母さんと仲違いしているのが理由なのかな。


『一番の親友だと、思っていたわ』


 貴子義母さんの言葉が思い出される。そんな義母さんを裏切ってまで、大奥酒造の社長と再婚した夕子さん。


 ――――そのあたりの話を聞かなきゃならないか。


―・―・―・―・―・―・―


 夕子さんは荷物を『菊の間』と書いてある部屋に放り込んだ。どうやら、この保養所に泊まるつもりらしい。

 朝斗が複雑な表情を浮かべたまま由里に連絡を取っている。由里が帰ってくるのは遅くなりそうだ、なんとなく。

 香織は少し居心地が悪そうにしながらも朝斗と一緒にいる。


 荷物を放り込んで菊の間から出てきた夕子さんは、そんな朝斗と香織の様子を一瞥してから、シャツの胸ポケットに入っていたタバコを取り出し、保養所の玄関に備え付けられていたサンダルを履いて外へ向かった。


 俺も夕子さんのあとを追って、外へ。


 入り口そばに置いてある灰皿の脇に設置されたベンチに座り、うまそうに煙を吐き出す夕子さん。俺がベンチに近づくと、夕子さんは慌ててタバコの火を消した。


「いいですよ、気にしなくて」


 俺が来たから気を遣って火を消したのだろう。別に気管支炎も喘息もなく、煙には慣れている俺は夕子さんの気遣いにそう返したが、夕子さんはニパッと笑って嬉しそうに俺のほうを見てきた。


「真一くん、本当に秀人さんそっくりだね。高校時代を思い出したよ」

「夕子さんは、高校時代の父さんを知っているんですか?」

「うちらの世代では知らない人はいないよ。秀人さんは伝説みたいな存在だから」

「……伝説?」

「うん、喧嘩させれば無敵、疾走はしれば最速、筋の通らないことは嫌い。ヤンキーのカリスマさね」


 ……いや、父さんが昔グレていた、ってのは知ってたけどね。そんなカリスマ扱いだったとは思わなかった。


「アタシも高校時代に秀人さん狙ってて、身体を使って誘惑しようとしたんだけどうまくいかなくてね。アハハ」

「…………」

「おっと、下品ですまないね。ところで――貴子は元気?」

「!」


 反応に困る会話が続き、こちらが話題を出すより先に貴子義母さんの名前を出されてしまう。俺は一瞬ひるんだが、その様子に気づいているのかいないのかわからない夕子さんは、しれっと話を続けた。


「貴子には、恩返ししないとならないから……しばらく会えていないけど」

「…………」

「……真一くん、その様子ならば……貴子から、何か聞いてるかな?」

「!」


 無言は時には言葉以上の意味を持つ。すべてを見透かされた感じに、俺はたじたじだ。このあたりが人生経験の差だろう。

 そして夕子さんは、秀人父さんと貴子義母さんが再婚したことも、全部知っているのは間違いない。


 だが、それなら、歯にものが挟まったような言い方をする必要もなさそうだ。俺は腹をくくって、夕子さんと向かい合う。


「義母さんが、夕子さんと仲違いした、って……」

「…………」


 ど真ん中ストレートをぶん投げてしまい、夕子さんの表情がとたんに曇ったのを見て、しまったと後悔。このあたりも、俺の人生経験の未熟さだろう。

 だが、曇った表情は一瞬だけだった。夕子さんは気合いを入れ直すかのように両手で自分の頬をバチンと叩き、八の字になった眉毛を吊り上げた。


「そのことを一番最初に言うあたり、それに至るまでの経緯も聞いてるみたいだね、真一くんは」

「はい。義母さんと夕子さんが、親友同士だったということも聞きました」

「……親友、か……それまでは、そう思ってくれていたんだね、貴子……」


 気合いを入れ直したのもつかの間。夕子さんの瞳に光るものが現れたのは気のせいか。


「そう、だから……アタシは貴子のために、できることをやらなきゃならないんだ」

「……?」

「貴子のために……大奥酒造を、貴子が取り戻すために」

「…………!?」


 ひとりごとみたいに、夕子さんがつぶやいたその言葉で俺にもわかった、夕子さんの行動の意味が。――――なんてこった。たぶん、夕子さんは、大奥酒造を貴子義母さんに取り戻させるために、現社長に近づいたに違いない。


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