展開の、転回

「…………」

「…………」

「…………」


 無事復活した後に、朝斗と香織を俺の部屋で正座をさせて、はや三十分。その間、俺は由里のハプニングや有田家に寄った経緯などを間に挟みつつ説教していたが、このふたりは正座がつらくなってきて頭に入っていないかもしれない。


「兄さん……もう足が……しびれて……」

「な、なんで僕まで……」

「香織、いくら何かに操られていたといえど、超えちゃいけない一線ってものがある。わかるな?」

「……は、はぃ……」

「そして朝斗。おまえは、なぜ香織にバラした」

「……つ、つい、嬉しくなって……」

「意味分かんねえ。とにかく、これは返す」


 俺は荒々しくふたつのぱんつを投げ返すと、その直後に、ふたりは真っ赤に顔を染めた。香織なんか真っ赤どころか水蒸気爆発を起こしそうだ。


「あ、ああ、あああ、ぁぁぁぁぁぁ……」


 羞恥にまみれた香織が徐々に小さくなって、しまいには溶けそうである。

 そりゃまあ、いくら謎の力が働いたからとはいえ、あんなプレイはエロ同人並のレベルだし、当然といえば当然か。


「……しにたぃ……」

「いいか香織、自殺は許さん」

「くっ……ころせ……」

「はっはっは、こーとーわーるー」

「し、真一さんがほしいなら、僕のはそのまま持っていてもらっても……」

「いらん」

「即答!? 冷たい、真一さん冷たすぎます!」

「……おまえらは何を考えているんだ」


 嘆息しながらふたりを睨むのも、いい加減飽きてきた。まあ、激怒するようなことではないのだ。朝斗はともかく、香織の……いかんいかん、義兄たるもの不埒であってはいかん。


「……大事なひとを……」

「ん? なに?」


 煩悩と格闘している俺は、羞恥で真っ赤になった香織の発した言葉をよく聞き取れなくて、思わず聞き返してしまう。だが。


「……もう、大事なひとを、他の人に取られたくなかったんです。たとえ、仲のいい友達にでも」

「…………」


 その言葉には、香織の強い意志が感じられるような気がする。


 うぬぼれでなければ、大事なひととは――――たぶん俺だ。俺を、朝斗に取られてしまうと思ったのか。

 そんな香織の姿が、由里と重なった。朝斗に執着する由里、俺に執着する香織。


 恋愛感情でないにせよ、自分にとって一番大事な相手に、自分を一番大事だと思ってもらえないのは――――寂しくて、悲しくて、やりきれない。


 今の香織を見て、由里がわかった気がする。ふたりは立場こそ違えど、同じ不安を抱えた人間だったんだ。だからこそ、由里は朝斗に執着して、病んだ。香織が病んだように。


 朝斗を由里に取られて絶望した香織が、今度は俺を朝斗に取られないように暴走するってのは、運命の皮肉っぽいが――――よし。ならば、俺のやることはひとつ。

 俺はスマホを手にし、美久に連絡する。


「あ、美久か。たびたびすまない。今、平気か?」

『大丈夫だよ。どうかした?』

「由里の様子は、どんな感じだ?」

『……ん。今も隣にいるけど、ふつうに話してくれるよ。由里ちゃん、素直でいい子だね』

「……素直?」

『うん。少なくとも、考えていることを隠そうとはしてないよ』


 素直。どんな意味の素直だろうか少し判断に困ったが、美久は嘘はつかない。憑き物が落ちた、とでも言う状況なのかもな。


「美久、お願いがあるが、今から通話をスピーカーにしてくれないか」

『……?? わかった』


 俺が朝斗に聞こえないよう小さな声で美久にお願いをすると、真意をはかりかねながら了解をしてくれたようだ。


「朝斗」

「は、はい」


 自分に矛先が向くとは思ってなかったのか、朝斗は名前を呼ばれて、少し慌てるそぶりを見せる。


「正直に答えろ。由里は、おまえにとってどんな存在だ」

「えっ……」

「悩むな。素直に思ったことを言えばいい」

「…………大事な家族で、大事な義妹です」


 さらに俺が投げた質問も予想外だったのだろう。戸惑いを隠せない朝斗ではあったが、ただひとこと、はっきり答えてきた様子に、俺は安堵した。こちらの会話が、由里に聞こえているならば――きっと大丈夫、そう確信したから。


「美久、お願いがある」

『……まったく、策士だね真一は。いちおう聞いておくね、なに?』


 美久の反応が、由里の様子を教えてくれた。俺の策略に間違いはなかったようだ。猿芝居での俺の意図を理解してくれた美久に感謝しつつ、会話を続ける。


「本当に申し訳ないが、有田家でもうひとり、泊めてもらえないだろうか」

『いいよ、ひとりもふたりも変わりないし』

「ありがとう。こちらの話をまとめたら、また連絡する」

『ん、わかった。連絡待ってるね』


 プツッ。


 交渉成立。さて、次はこちらだ。


「よし、話がついた。じゃあ、朝斗」

「は、はい」

「おまえに折檻する。この家から出ていけ」

「えっ……」

「に、兄さん!」


 追い出し宣告され、ムンクの叫びのような顔をする朝斗と、その事態を招いてしまった自分の暴走に責任を感じる香織。ふたりの視線が痛いが、気にせず続ける。


「今晩はここではなく、朝斗のことを一番大事に思っている人間のいる家に泊まれ」

「!!」

「少なくとも、由里には朝斗が必要だし、朝斗にも由里が必要なはずだろ。自分のことばかり優先して、自分を大事に思ってくれる家族をないがしろにするな。きっと後悔するはずだから」

「…………はい!」


 貴子義母さんは、自分を優先して香織を犠牲にしたことで、今も苦しんでいるのだ。

 朝斗と由里、ふたりが仮にも家族ならば、朝斗は由里をひとりにして、自分を優先していてはいけない。何かあったら、必ず苦しむときがくる。


 そして、今の由里なら、朝斗を拉致監禁したりしないだろう、そう思ったから、朝斗を由里のもとへ帰すのに躊躇はない。


 朝斗は、俺の真意を理解してくれただろうか。しゃべるのが面倒だからこれ以上は言いたくないが、遠慮のない笑顔になっている様子を見るに、理解してくれたと信じたい。

 ――――うん、今の朝斗なら、かわいいと素直に思うぞ。ぱんつを保存したくなるくらいには。


「そうですよね。僕は、由里が曲がりなりにも僕のことを慕ってくれているということを、考えてなかった気がします。義理とはいえ、姉妹ですから」

「…………」


 朝斗が自分を顧みながら発言した内容に、香織も思うところがあったのか。自分の行いを反省したような顔になっている。いや、後悔はしていることは間違いないにしても。


「ああ、もう由里も、朝斗を監禁したりはしないだろ」

「……そう願いたいです」


 俺は豪快に笑い、朝斗は口元をひきつらせながら苦笑いし、香織は眉を八の字にしながらつられて笑う。ヘンな笑い声の合唱であった。


「……香織も、由里に思うところは、あるだろ?」


 それからわざと、香織に由里の話題を振ってみる。香織のトラウマを、ひとつ軽くすることができるかもしれない、と思ったからだ。


「あ、も、もちろん、昔にされたことは……全面的に許せはしないですけど。あーちゃんが兄さんだったとしたら、由里ちゃんとわたしは、一緒なんだな、って……」


 どうやら、香織もわかってくれたらしい。こんなにうまくいっていいのか逆に不安になるくらいだ。


「……だから、もう過去を恨むことは……やめられると、思います。今更、恨んでも仕方ないし……」


 だが、そう言い切った香織の頭をやさしく撫でると、香織は八の字だった眉を自然な形に戻し、とろけそうな笑顔を俺に見せてくれた。あっさり吹っ飛ぶ不安、俺の杞憂だったわ。


「……それに、わたしには、兄さんが……」


 これでなんとか、解決。俺がそう思ったのもつかの間。やはり、朝斗は肝心なところで空気をぶちこわす。


「し、真一さん! 僕も撫でられる権利があると思います! 真一さんの言うこと、ちゃんといい子にして聞きました!」


 …………もう何もするまい。頼むから、『振り出しに戻る』はやめて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます